11.お守り

「こんにちは」

 暑いですね、と微笑むなるみに、足元のクーラーボックスからパックの緑茶を出す。


「今、下のドラッグストアに面接に行ってきたんです。朝だけの、商品陳列のバイトで、短時間だからそれならできるかなって。病気のことちゃんと話して、やる気があるならいいよって採用してもらえそうです」

「良かったじゃん。ダンナさんもいいって?」


「はい。ちょっといろいろ、急ぎ過ぎじゃないかなって話したんです。わたしもよくわからないから、そういうものかなって思っちゃってたけど。ダンナはデキる人だから余計に焦っちゃうのかなって。子作りもそうだし、マイホームのことも考えないとって前から言ってて。みんなそうなのかなってわたしも流されちゃってたけど、そんなに焦らなくていいんじゃないかなって」


「そうだね、まだ若いんだし」

「ですよね! だから、いったん落ち着こうって。わたしも一緒にちゃんと考えたいからって。そしたらダンナは最初、文句あるのかって怖い顔だったけど、なんか、だんだん気が抜けたっていうか、ほっとしたみたいっていうか」

「そっか」


 人と比べて豊かさを競うことで幸福度をはかるのは愚かなことだとみんながもう知っているのに、実際には競争からなかなか抜け出せない。競争に負けると損をするかもって心配を拭い去れないから。

 損とか得とか関係ない。自分だけのものさしを持つのはとても難しい。でも難しいからってあきらめて与えられることを待っているだけじゃ何も変わらない。なるみは少なくとも、自分で努力を始めた。偉い。


「そーだ。これあげようと思ってたんだ」

 神明社特性の一家和楽のお守り。子宝祈願もばっちりだ。

「もらっちゃっていいんですか?」

「うん。それ、中見てごらんよ」

「え、お守りって開けちゃってもいいんですか!?」


 なるみはびっくりしていたけど、私が平気な顔をしているとおそるおそる巾着型のお守り袋の口を開いた。中には厚紙の四角い包みがある。

「広げて広げて」

 なるみの指が折ってある紙を広げていく。中には金ぴかのちいさなものがふたつ転がっていた。円いものと、細長いもの。

「これって……」


 きょとんとした顔で金箔で光っているそれをつついたなるみは、それが女性器と男性器を模ったものだとすぐに気づいたらしく、上目遣いで私を見た。

「エッチだなあ」

 堪えきれずに私はげらげら笑ってしまう。一家和楽だの家内安全だの、要は夫婦が仲良くしてねってことだもんね。


 雨があがるごとに夏へと近づくむせるような空に、なるみのかわいらしい澄んだ笑い声が響いた。

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