9.ちょうどいい距離の他人

 新婚家庭のリビングで見た犬グッズの数々を私は思い出す。多産でしかもお産が軽いとされる犬は安産と子宝の象徴だけど「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」なんてことわざもある。

「雑食の犬も食わないほどまずいもんってことか?」

「だから他人が首を突っ込むもんじゃないって意味ね。どうせすぐ仲直りするのだし、夫婦ふたりの問題は本人たちにしかわからないものだからって。でも」


 なるみは言っていた。ダンナさんの態度が刺々しくなったことを母親に相談しても「自分が好きで選んだ相手なんだから我慢しなさい」とまともに話を聞いてもらえなかったと。友人に愚痴を言っても「のろけか」と流されたと。「だからトワさんと知り合えてよかったです」って言ってくれた。


 いくら夫婦間の問題だからって、誰にも悩みを話せなくなったあげくにもっと深刻な事態になったとき外から気付いてもらえないのじゃそれこそ事件になってしまう。

 滝沢夫婦だって今回はなるみが衝動的に動いたことでダンナさんが反省してくれて良かったけど、これから自覚のないままダンナさんの支配が強くなる可能性だってあるだろう。そうなったときに「それオカシイよ」ってへろって口出ししちゃえるのは、私みたいな無責任な他人なのだ。

 無責任にはいはい話を聞いてガス抜きできる場所になること。ちょうどいい距離感で日常的に気にかけてあげること。さしあたってできるのはそんなところだろう。


「フツウのことだろ、それ」

 シモンがへろっと言ってくれちゃって、私は苦笑するしかなかった。慎也さんも同じように笑った。

「今の世の中、そんなフツウのことが難しかったりするのですよね」





 ――あの人はだれ?

 ――慎也でございます。

 ――ふうん。今度はあの人がいいな。

 ――いえ。あの者は力が弱く、十和子さんと釣り合いません。次の相方には克也をお選びください。

 ――弱くたってイイよ。私が強いんだから。私はあの人がいい。

 ――ですが……


 お腹が痛くて夜中に目が覚めた。おまけにめったに見ない夢まで。寝苦しいなと目を向ければ外がやたらと明るかった。開けっ放しの障子の隙間からくっきりと光が差し込んでいる。

 そうだった。体が重いはずだ。私は布団から這い出てずりずり縁側へ。見上げた虚空にははっとするほど明るい満月が浮かんでいた。


「夜の女王のおでましだ」

 シモンがぽつんとひとりで縁側の端っこに座っていた。

「でかけなかったの?」

「今夜は明るすぎるからな」

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