9.キジトラ

 対して、今私が握っている真鍮製のそれは、やわらかでありながらどこまでも高く音が響く。涼やかに、さやさやと、高く高く高く。祓い給え清め給えと原初の祈りが音に乗る。


 シャンシャン、シャンシャン。

 苦しそうに短い手足をじたばたさせていたネズミの動きが小さくなっていく。うん、このまま清められそう。

 思ったとき、背後でがさごそと下草が擦れ合う音がした。何かいる。


 たたっと私の足元まで走り寄ってきて「シャーッ」と威嚇のポーズを取ったのは、若干太ましいけどこげ茶色に黒の縞模様がワイルドなキジトラ猫。

 って、ねこおぉぉ。なんでこんなときに出てくるかなああああ。


 なんて、注意力散漫な私がいちばん悪いのだけども気を逸らした刹那、大ネズミを締め上げていた縄も私の右手の神楽鈴も見事に消え失せてしまった。しまったああああ!


 光の柱の向こうからこっちを見ているシモンの唇が「バーカ」と動くのが見えた。イラっとした瞬間、間が悪いことに捕縛の陣にも限界がきたようで光の柱が消失した。光源がひとつなくなり闇が濃くなる。


 身構える間もなく、大ネズミが私に向かって牙を剝いた。とっさに左腕をかざして受けることしかできなかった。足元にはにゃんこがいるし、早く逃げろよ、にゃんこおぉ。

 私の怨念が通じたのかキジトラ猫は警戒しながらぱっと何度か後ろに飛び退った。ホッ。


 そうしている間にもギチギチと大きな顎で噛み締められ、私の左腕はしびれて感覚がなくなってきた。牙が食い込んで流血もしてるけど痛みより締めつけられる苦しさの方がデカい。

 縄の仕返しかな、これ。子ブタくらいの巨体がのしかかってくるのも重たいし。


 思いつつ見やればネズミの瞳は勾玉みたいになって物凄い形相で私の腕に齧り付いている。必死だ。そりゃそうだ、生き物はみんな必死だ。こんな姿になってしまっても生き物の本能がこいつを動かしてる。


「根性あるじゃん」

 なんだか私は楽しくなってきちゃう。そう、これが私の悪いクセ。緊迫感も度がすぎるとわくわくしてきちゃうのだ。

 とはいえ、この腕をどうにかしないとそろそろ限界だ。引くのは駄目、食いちぎられる。この場合は押せ押せだあ!


 私はぐっと体重をかけ自分からネズミの口中に肘を突っ込むようにした。同時にネズミの腹に膝蹴りを入れ、そのままのしかかって押し倒す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る