16.山の中
猫の気配が強い町に入れず
シモンが言った通り、モノノケの感覚では「嫁にする」がいちばんあり得そうだ。でも。でも、ものすごーくポジティブな可能性を言わせてもらえば、何かを伝えたかっただけなのかもしれない、と思いもする。なんとなくだけど。
「ああ。そういえば」
今夜はスタンダードにニワトリの血液パックを黙々と吸っていたシモンがいきなり話に入ってきた。
「昨日山の中で気になるモン見つけたんだ」
今から一緒に来いと私に言う。めんどくさいなあと思いつつ食べ終わってから懐中電灯を持ってシモンの後についていった。
雲に遮られて乏しい月明かりの中、足元を照らす懐中電灯の光だけを頼りに道なき斜面を歩かされて私は辟易する。
「血ぃ吸わせれば担いで飛んでってやるのに」
「ぜってー嫌だ」
私の血も、本当はくちびるだってそんなに安くないやい。
辿り着いてみればその場所は私の大学の目と鼻の先だった。
「あんた、こんなとこうろうろしてんの?」
「誰にも見つかってねーよ。それより見ろよ」
足先でシモンが示す所を懐中電灯で照らす。草むらに半ば埋もれるようにして小さな岩がそこにあった。文字は彫り込まれていないけど、鳥獣戯画っぽいネズミが描いてある。
「供養塔だね」
「やっぱり? 馬頭観音の石碑みたいなもんだな?」
「うん」
具体的にはどういう目的のものかはわからない。解剖実験後ラットの供養は業者の手できちんと行われていると聞いてる。でも、この石碑が置いてあるのが家政学部の三号館の北――
シモンは草むらにしゃがみこんで石碑を撫でた。
「残り香があるけど、きれいなもんだ」
「そっか」
あまり反省はしない私だけど、申し訳なくは思う。ごめんね気づいてあげられなくて。
生きようとすることが生き物の本能であるなら、存在が危うくなったモノが発するメッセージも大体はひとつだ。「忘れないで」ていうこと。
私はジャージのポケットから木製の指輪を出して嵌めた。右手を振り上げる。
「こういうのは、気持ちだよね」
仕切り直す必要なんてないかもだけど、心静かに送ってあげたくて。
シャン、シャン。静かな山中で控えめに鈴を振る。雲が途切れ、月明かりが差す。私の足元で蹲った格好のままシモンもしばらく静かにしていてくれた。
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