第2話 残った傷跡
『隠れ居酒屋 凛 』
表通りから裏路地に入り、突き当たりにある知る人ぞ知る。
その名のごとく、隠れ居酒屋なのである。
『いらっしゃいませ。』
マスター「さっ、こちらにどうぞ。」
男「ビールお願いしますっ。」
マスター「かしこまりました。」
男「へー、外から見るのと違ってすごく落ち着いた感じですね。」
マスター「はいっ、お待たせしましたっ!」
男「ん〜!うまいっ!」
マスター「いい飲みっぷりですねーっ。」
男「いやー、仕事でいい事ありまして!」
マスター「いい事ですか?」
男「僕の出した企画が通って、来月から全てを任せてもらえる事になりました。」
マスター「それはおめでとうございます。」
男「うれしい半分、あと半分は…」
マスター「素直に喜べない理由がなにか?」
男「実は、この企画5年がかりでやっとここまできたんですが…」
マスター「なんか訳がありそうですね。」
男「発案者は僕じゃないんです。」
マスター「と言いますと?」
男「以前いた同僚が発案者なんです。」
マスター「以前いた、という事は。」
男「辞めたんです。5年前に。」
マスター「なにか特別な理由でも?」
男「僕がこの企画を反対して。」
男「同僚の話もちゃんと聞かないで。」
マスター「それで同僚の方は今は?」
男「地元に帰って。そして…」
男「去年事故で…」
マスター「そうだったんですか。」
男「だから、喜びも半分で…」
カタンッ
マスター「これはサービスです。」
男「ありがとうございます。これは?」
マスター「アイヌねぎの醤油漬けです。」
男「うん!美味しいです。」
マスター「あなたのそのジャンパーは?」
男「会社のです。変わった色ですよね。」
マスター「深い赤?茶色にも見える…」
男「どっちでしょうね。」
マスター「以前それと同じのを着た方が、」
男「えっ?多分うちの会社の人です。」
マスター「ちょうど今から5年くらい前。」
男「どんな人でした?」
マスター「若い男性で、半年くらいの間いらしてました。」
男「若い男性!?」
マスター「確か、黒ぶちのメガネに、痩せ型でした。」
男「!?」
マスター「どうかなさいましたか?」
男「ほっぺにホクロとかありましたっ?」
マスター「あっ!ありました。確かに。」
男「それ、さっき話した同僚です。」
マスター「そうだったんですね。」
男「今日ここに来たのも、多分あいつに恨まれてたから…かもしれない。」
マスター「そうでしょうか?」
男「絶対そうに決まってる!」
マスター「あまり自分を責めては。」
男「でもっ、もう会う事も、謝る事もできないからっ…」
マスター「あなたは今の気持ちを忘れないでこれから一生懸命やればいい。」
男「ううっ…」
マスター「同僚の方の分まで。」
男「はい。ありがとうございますっ。」
マスター「今のあなたなら大丈夫です。」
男「また、来てもいいですか?」
マスター「いつでもお待ちしてますよ。」
男「あ、僕、てつやっていいます。」
マスター「てつやさん、今後ともよろしくお願いします。」
男「こちらこそ。あ、お会計。」
マスター「ありがとうございます。」
男「それじゃ、また来ます。」
マスター「ありがとうございました。またのご来店お待ちしております。」
てつやは少し気持ちが楽になっていた。
それでもまだ引っかかる事も。
またマスターと話をしたく2日後の事。
霧が出て視界が悪い。
裏路地を入ったのであと少しで着く。
2日前に来たので場所もバッチリで。
『いらっしゃいませ。』
マスター「こちらにどうぞっ。」
てつや「お隣失礼します。」
男「てつやっ!!」
てつや「!!!」
男「なんで、ここにっ!?」
てつや「お、え前こそっ、なんでっ、死んだはずじゃ…」
男「いくら憎いからって、勝手に死んだとか言わないでくれよなっ。」
てつや「ホントにりくなのか…」
りく「ああ。なに言ってるんだ?お前。」
てつや「マスターこれって!?」
マスター「どうかなさいましたか?」
てつや「りく、地元に戻ったんじゃ?」
りく「俺、今日会社辞めたばかりだぞ。」
てつや「…まさかっ!」
…俺が変になったのか?頭の中の記憶は全部俺の妄想なのかっ!
りく「お前なんか二度と顔も見たくないっ、とか言ってたくせに、大丈夫か?」
てつや「俺どうかしてるのか…」
りく「昼間の勢いどこいったんだよっ。」
てつや「俺、やっぱどうかしてんな。」
りく「なんだよっ!今更。お前がそんなんじゃ会社辞めた意味ないだろ!」
てつや「会社辞めた意味?それは俺に対して腹が立って…」
りく「それも少しはある。」
てつや「やっぱりな。」
りく「それだけじゃ辞めねーよっ!」
てつや「えっ!?」
りく「実はあの企画考えだのってただの思いつきなんだ。」
てつや「そーなのか!?」
りく「お前がさぁー、ムキになって反対してきただろっ。」
てつや「あ、ああ。」
りく「俺にはこの仕事に対して、そんな情熱ないんだよっ。」
てつや「りく…」
りく「それに前から実家の定食屋手伝おっかなって考えてたんだ。」
てつや「そうなのかっ!」
りく「将来、親父の後継ごうかとも思っててさっ。」
てつや「そーだったのか。」
りく「ありがとなっ!」
てつや「なにがだよっ?」
りく「俺が会社辞めるきっかけつくってくれたからさー。」
てつや「りくっ!ホントに、」
りく「謝るなよなっ!」
てつや「えっ!?」
りく「決意が揺らぐから。」
てつや「わかったよ。じゃあ一言だけ。」
りく「なんだよっ!」
てつや「ずっと友達なっ!俺たち。」
りく「…それ聞けてよかったわ。」
てつや「えっ?」
りく「お前とは喧嘩別れみたいになるの嫌だったからさー。」
てつや「…りく。」
りく「なんか、スッキリしたわ。」
てつや「俺もっ。」
りく「じゃあ、帰るわ。」
てつや「定食屋頑張れよ!」
りく「お前こそ、あの企画反対してたけど、やる自信あるんだろっ。お前なら出来る。だから何年かかっても絶対頑張れよっ!」
てつや「おう!お互い頑張ろうなっ!」
りく「おー、じゃあ、元気でなっ!」
てつや「元気でなっ!りく。」
マスター「ありがとうございました。」
ガラガラ
てつや「…はっ!!」
てつや「りくっ!!!」
マスター「お待ち下さいっ!!」
てつや「なんでっ!」
マスター「人にはそれぞれ道があります。それを引き止めてはいけません。」
てつや「でもっ、りくはっ、」
マスター「どんな理由があってもですっ。」
てつや「りく…」
マスター「あなたにはやるべき事があるはずですよ。」
てつや「あっ!そうでした。」
マスター「託された想いしっかりと。」
てつや「はい。」
現実がなにかわからないまま店を出た。
まだ霧が出て視界が悪い夜道。
ただ真っ直ぐに歩いた。
仕事も順調に進みあれから半月後。
ガラガラ
マスター「いらっしゃいませ。」
てつや「こんばんは。」
マスター「お久しぶりです。」
てつや「マスター!あのっ!」
マスター「あの日の事、ですね。」
てつや「あれって!?」
マスター「この店は霧の日には少し変わった事がありまして…」
てつや「じゃあ、あれは…」
マスター「のれんをくぐって、あなたは5年前のこの店にいらっしゃいました。」
てつや「信じられないけど、やっぱり。」
マスター「あの日、あなたは友達に想いを伝えられた。そして伝わりましたよ。」
てつや「でもっ、りくを、りくを助けること出来なかったっ!」
マスター「人にはそれぞれ決まった道があります。それを止める事はできません。」
てつや「…りく。」
マスター「ただ、伝える事は出来た。」
てつや「…はいっ。」
マスター「あなたはもう大丈夫です。」
てつや「僕は、企画をやり遂げるだけです。」
マスター「それでいいのです。」
てつや「マスターありがとうございます。」
マスター「私は何もしていませんよ。」
てつや「僕、やりますっ!」
マスター「ひと息つきたい時、いつでもお待ちしてますよ。」
てつや「はい。それではまたっ!」
『いらっしゃいませ。』
今日もまた、いろんな人が訪れる。
第3話に続く
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