第15話 一日一事「あの人を探して5 88歳の卵焼き」さすらいの人探しライター ジンジョー・ガフ
●ソードランドの卵焼きおばあちゃんは今どこに
ジンジョー探偵事務所。それは複雑に入り組んだ人間関係に鋭く切り込み、知られざる人と人のつながりを発見するコラムである。
●新人時代の恩人を探してほしい
今回の依頼人はソードランドにお住いの二等騎士・ガラムドーフさんだ。
「ジンジョー探偵事務所の皆さんこんにちは。
今回は私の思い出の味を作ってくれた人を探してほしいのです。
私は旧北側国家のソードランド封建国に住んでいます。16歳の時に就国し、新人騎士となりました。
予想はしていましたが体力的に厳しい生活が続き、騎士になって3か月を過ぎた頃には自身の選択を後悔し始めていました。
●ヒントは卵焼き上手のおばあさん
そんなときに出会ったのが、ソードランド名物「ばーば巻き」でした。ソードランドの下級食堂で提供されていた卵焼きで、卵焼き名人のおばあさんが一人で作っていらっしゃいました。「外はフカフカ、中はトロトロ」の焼き加減が絶妙な、大人気料理でした。
あまりの行列に辟易し一度も食べたことのない私でしたが突然、ばーば巻きを口にするチャンスが訪れました。
ばーば巻きのおばあさんがしょぼくれている私に気づき、「一回食べてみさい(依頼人発言ママ)」と、ばーば巻きを一切れ出してくれたのです。食べてみるとびっくり!心も体も元気になり、ばーば巻きのとりこになってしまいました。
それ以来、私は月に一度は「ばーば巻き」の行列に並ぶことに決め、それを励みに新人時代を乗り越えました。
●現在は外国に?
ばーば巻きのおばあさんは私の恩人と言っても過言ではない料理です。しかし、今はソードランドを離れ、行方が分からなくなっているというのです。
若き日の私を支えてくださったばーば巻きのおばあさんは、今どこでどうされているのでしょうか。探偵さんお願いです、ばーば巻きのおばあさんを探していただけないでしょうか。そして、あの時のお礼をさせてください。」
依頼人からのお手紙を受けて、わが社は探偵を派遣した。探偵は一生懸命探し、もういないんじゃないかと思ったりもしたが、探し人は見つかった。以下が探偵による報告である。
●78歳で引退し、その後ソードランド離脱で行方不明に
まず、「ばーば巻きのおばあさん」の名前は「オンマさん」もしくは「オウマさん」という名前らしいことが分かった。これは依頼人とともに探偵が当時の騎士仲間に聞き込みを重ね、判明した。
彼女はソードランド封建国の後方支援市民で、下級食堂のキッチンに勤めていた。食堂内ではアイディアウーマンとして有名で、下級騎士向けのスタミナメニューを多数考案していたそうだ。
中でも「ばーば巻き」は彼女の代表作であり、彼女にしか作れない秘伝のメニューだった。ばーば巻きが連日大行列だったのは、通常の炊飯業務をこなしながら一人で卵を焼いていたからだった。
ソードランドの下級食堂に欠かせない存在となっていた彼女だが、78歳で食堂を退職し後方支援市民の職を引退した。
南北戦争のころにはソードランドに住んでいたことが分かっているが、大陸崩壊による空上離脱の際に足取りが途絶えてしまった。
●現在は東部中立地区の喫茶店「アリス」で働く
ソードランド国内での情報収集に限界を感じた探偵は視点を変えて、「卵焼き」に焦点を当てて調査を進めた。
全世界の「卵焼き」が名物の料理店を調べあげ、「オンマ/オウマさん」のゆくえを探ったのである。
そして、東部中立地区のとある喫茶店が新しく「絶品卵焼きメニュー」を提供し始めたという情報をつかんだ。
探偵はすぐに依頼人とともに現地に飛び、卵焼きを確認。依頼人の「間違いない」という確信の下、店長に聞き込みを行った。
店長は「卵焼きを焼いているのは最近雇ったおばあさんだ」と証言し、厨房から本人を連れてきてくれた。依頼人が名前を尋ねると、彼女は「オルマ」ですと答えた。彼女の名前は「オンマ」でも「オウマ」でもなかった!わからないわけである。
その後オルマさんにお話を聞き、依頼人の探し人だと確認が取れた。
●介護を受けながら生活も、卵焼きの腕は健在
オルマさんは78歳でソードランドの食堂を引退し、市民家族の下で老後を過ごしていた。しかしソードランドの空上離脱に間に合わず、遺棄された商船の中で大陸崩壊を経験した。
海上を漂流しているところを東部中立地区の救助船が発見し、保護。その後、東部の研究所街にある老舗喫茶・アリスで働き始めた。
ソードランドでそれなりの有名人だったオルマさんは、どうして空上離脱に間に合わなかったのだろうか?それは認知症を発症していたからである。
オルマさんは70代に入ったころから物忘れの症状が現れ始め、日常生活に介護が必要となり始めた。卵焼きの腕前は衰えていなかったが、会計などの通常業務ができなくなったために引退した。
ソードランドの離脱の時には混乱して速やかに避難できず、市民子息の騎士がオルマさんを負ぶって小さな遺棄商船まで避難させたという。
現在オルマさんは”息子”とともに暮らし、必要時には介護を受けながら卵焼きを焼いている。
●店長の「ここでは失敗しても大丈夫」でばーば巻きが復活
オルマさんに、一時は引退した仕事をもう一度始めようと思った理由を聞いてみた。
オルマさんは、
「ミスがおおくって、もうダメと思ってたけど。でも、店長が『ここらの人は騎士さんじゃないし、命かけてるわけじゃないから。失敗しても大丈夫』って(言ってくれた)。それで。」
と、はにかみながら語った。
現在のばーば巻きは、当時と変わらぬ味を残しつつ、少し焦げていることもあるそうだ。
チョイ焦げのばーば巻きについて常連客に話を聞くと、
「私たちは日々失敗ばかりしていますから、たまに焦がすくらいしかしないオルマさんは優秀ですよ」
「僕もミスばっかりしてるので、一緒にがっくりすると元気が出る」
など、好意的な意見が続出した。
依頼人は約20年ぶりの「ばーば巻き」を堪能し、オルマさんとしっかり握手した。オルマさんは依頼人を覚えていないようで、「遠いところから来ていただいて。ありがとね」と笑っていた。
【店舗情報】
喫茶アリス 東部中立地区 第三研究都市 14番通りA6
営業時間 7:00~15:00 木・日曜日休業(日曜日はパンコーナーのみ営業)
テリピンコード aris14a65972(数字は魔科共通コードに変換すること)
卵焼き希望の方は事前にお問い合わせください。
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