それぞれの道

「ちょっとそこで待っていてくれないか」

 フローレスは路地裏の建物の中へと姿を消していった。アイリは何気なく近くの建物の壁に貼られた古ぼけた紙を読んでみた。


『兵士求む』


「アイリ何見てるんだ?」

 アイリが食い入るように見ている貼り紙には、『兵士求む』という大見出しに続いて、兵士に応募できる上限の年齢、経験や資格などの条件が書いてあった。また、下の方には小さく『能力のあるものはこの限りではない』という但し書きもあった。

 建物から出てきたフローレスは、壁の前でふたりがなにやら話し込んでいるのを見て近寄ったが、ふたりはフローレスに気付かないように話を続けている。

「だからアイリ、王さまからまだ早いって言われたばかりだろ?」

「でも何歳からって書いてないし、能力があるものはこの限りじゃないとあるじゃない。若くてもいいってことでしょ。ね、フローレスさん?」

 急に話を振られて、何のことかと慌てるフローレスだったが、ふたりの前にある貼り紙を見つけ、あらかたアイリが兵士になりたいとでも言ったのだろうと当たりをつけた。

「ま、まあ、この貼り紙のことを言ってるなら、確かにそうだが、年齢の制限は、ある程度の年になったら誰しも肉体的に衰えてくるから、事前に応募者をふるい分けするという意味で書いてあるんだが…」

「下の年齢は書いてないから、若くてもいいんですよね?」

「昨日、国王も言っていたが、アイリたちはまだ早いな。若者をむざむざ危険な目に遭わせるわけにはいかないからな」

「ほら。だから言っただろ」

「ペレスは黙っててよ。でもフローレスさん、能力があればいいんでしょ?」

「それはそうだが、能力と言っても、ここに書いてあるのは経験というのと同じような意味だから、能力なんて計りようがない」

「じゃあ、誰かが認めてくれればいいんですね。わたし、もう一度王さまに頼んでみる!」

 言うが早いか、アイリは城への道を足早に駆けていった。

「アイリ、ちょっと待てよ!」

「アイリさん、行っても無駄だぞ!」

「こうなると周りの話なんて聞かないんですよ、あいつ…」

 ふたりは仕方なくアイリの後を追った。


 * * *


「王さま!」

 国王と黒ひげの男が顔を上げると、荒い息をして部屋に入ってきたアイリがいた。

「なんじゃ、もう帰ってきたのか? 街は面白かったか?」

「わたし、街で兵士を募集しているという貼り紙を見ました」

「ん? あぁ、兵士は常に募集しておるからのぉ」

「お願いです、わたしの能力を試してください」

「…話がよくつかめんが」

「若くても能力があれば兵士になれるんですよね? わたし、どうしても兵士になりたいんです!」

 その時、アイリを追ってフローレスも部屋に入ってきた。

「そういうことか。さっきも言ったじゃろ、そなたにはまだ早いと…」

「お願いします!」

 アイリの目は真剣そのものだった。

「アイリさん、もうその話は…」

 国王はフローレスの言葉を遮って言った。

「フローレス、わかっておる。うーん、そうじゃのう…。能力があるかないかで言えば、昨日の手合わせで、アイリ、そなたの力は理解した。とてもいいものを持っておるのは認めよう。だが、それで兵士になれるかと言えば、それはまた別の話じゃ。兵士の適性のないやつなんてたくさんおるわい」

 アイリの落胆ぶりは絵に描いたようだった。

「……だが、どうしてもと言うのなら、とりあえず3日、試しに兵士の訓練を受けてみるか?」

「え? いいんですか?!」

 ちょうど遅れてペレスがやってきた時だった。

「父上!」

「ただし、訓練するにあたっては、ザハドに付いてもらう。勝手な行動は許さん。ザハドはフローレスも信頼しているやつじゃ、それなら問題なかろう?」

「それはそうですが…」

「アイリよ、3日だけだぞ。あとはフローレスに任せるが、フローレスとザハドの判断で途中で訓練をやめさせることもある。適性がないとわかった時点でも帰ってもらうから、そのつもりでな。3日後、また会おう」

「はい! ありがとうございます!」


 * * *


 3日間はあっという間だった。

 アイリは兵士と同じ訓練に参加し、寝食をともにした。初めての訓練に戸惑うことは多くあったが、アイリのまっすぐな姿勢に感化され、同じような境遇や思いで兵士になった者たちは、その周りに自然と集まるようになった。そして、その兵士たちの訓練は見違えるように洗練され、その変化は他の兵士たちにも広がっていった。

 気が付けば、ザハドはもちろんのこと、フローレスでさえも認めざるを得ないほど、アイリは立派な兵士の一員になっていた。

 フローレスの申し出で、アイリは続いて3日、さらに3日と訓練を続けることになった。

 これには国王も弱ったが、しばらくは訓練だけをさせること、危険な任務には当たらせないということを条件に、アイリを特例として兵士に迎え入れることになった。


 * * *


「ペレス君、これをレイトスさんに渡してくれ」

 フローレスは丸めてひもで縛った紙の束をペレスに手渡した。

「国王からの手紙だ。レイトスさんからもらった手紙の返事と、こないだ話をした村の復興計画をしたためてある。それから、こっちはわたしからの個人的な手紙だ」

「わかりました、渡しておきます。フローレスさん、ちょっとこれを見てください」

 ペレスはカバンに手紙を入れたついでに、中から透明感のある黄色い石を取り出した。

「あんた、それちゃんと持ってたのね」

「当然だろ」

「その石はなんだい?」

「はい、竜の大岩が崩れた場所で見付けました。金色の竜と何か関係があるかもしれないと思ってるんですけど、何だかわからなくて、調べてもらえませんか?」

「竜の大岩?…ああ、手紙に書いてあったやつだね。ちょっといいかい?」

 フローレスは片手にすっぽり収まるほどのその黄色い石を手に取り、光に透かしてみたり、爪で軽くつついたり、ためつすがめつ眺め回した。

「確かに見たことのない石だな。国の学者に調べさせておこう。何かわかったら手紙で知らせよう」

「お願いします」

「他には何かあるかい?」

「いえ」

「それじゃあ明日、港町のセヌマまで送らせよう。船も動き始めたようだし、帰りは安全なはずだ。今日は必要なものを揃えてもらって、明日の朝、準備をしてここに来てくれ」

「わかりました」

「アイリさんは…」

「訓練に戻ります」

「いや、今日は休め。ペレス君の買い物に付き添ってあげろ。これは命令だ」

「…はい、わかりました」


 * * *


「サラはもう村に戻ったかしら」

 アイリとペレスは並んで街を歩いていた。

「ここに来て10日も経つから、さすがにもう着いたんじゃないか?」

「そうよね…。ねえ、フローレスさんが言ってた、村の復興計画ってなに?」

「ああ、アイリの村の復興を、ぼくととうさんに手伝って欲しいって。人手が足りないんだってさ」

「わたしの村…」

 アイリは急に昔の記憶が蘇り、目の前の街の風景が一瞬で炎に包まれ、一面真っ赤に染まり、人々が逃げ惑うまぼろしを見たが、耳に流れてきたやさしい旋律で我に返った。

「…あ、見て、あのひと」

 噴水の縁に腰掛けて、例の旅芸人の彼女が歌い、その周りには人垣ができはじめていた。

「ああ、アイリが赤い竜の所に行ったあと、歌を聴かせてもらったんだけど、王さまがすごく気に入ってさ、その場で王さま直属の音楽士になったんだ。てっきりお城の中で王さまのために演奏するのかと思ってたら、『街のみんなに芸術を広めて欲しい』って言われて、毎日この噴水広場で歌ってるみたいなんだ」

「へぇ、そうなんだ」

 アイリはその歌声に耳を澄ませた。


 この川を挟んで ふたつの竜は

 こちらの岸と あちらの岸

 まるであなたの こころのように

 離れていって しまったの

 この川に橋をかけたなら

 この川をとめてしまえたなら

 でもそんなことは わかってる

 二度と戻りは しないことを

 」


「ペレス、レイおじさんによろしくね」

「うん、わかった。ひとりで帰って怒られたらアイリのせいだからな。それと…」

「何よ」

「元気でな」

「…あんたにそんなこと言われると、ちょっと調子が狂うけど……ありがと。気を付けてね」


 こうして、アイリは王都に残り、立派な兵士になるべく訓練に明け暮れる日々を送るようになり、ペレスはレイトスとともに村の復興の手伝いをはじめ、ふたりはそれぞれの道を歩み始めたのだった。

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