第6話 放課後の答え合わせ


 放課後になり今は図書室にいる。

 今日は今から一時間程、図書室を開けないといけない。

 これは各学年そして各クラスの図書委員の当番制となっており今日は俺が当番の日である。

 流石に始業式終わりと言う事もあり、今俺以外は誰もいない静かな図書室で本を読んでいる。結局今日読もうと思い持ってきていたが、白雪のせいで全然読めなかった本だ。


 やっぱり図書室はいい。

 とても静かで読書には持ってこいの場所であり俺に安らぎと安心をくれる場所である。


 よって教室にいた時は違い、本の世界に比較的簡単に入り込める事が出来る。そこに雑念はなくあるのは本の世界だけ。俺は昔からこの本の中にある世界が好きだった。だからこそ色々な本を読んで色々な世界観を楽しんでいる。


 それからしばらくしてキリが良い所まで読み終わり、図書室の壁に掛かった時計を見ると茶色い髪をした見覚えのある一年生が図書室の受付近くの椅子に座っていた。俺と目が合うと席を立ちこちらに近づいてくる。

 セミロングで茶色い髪に童顔で背丈が低いのにも関わらず胸が大きく更には白雪と同じく頭も良い。その為か中学の時も確か沢山の異性にモテてており、こんな全てが平凡な俺とは違うできのいい妹である。妹と言っても父親の再婚相手の娘さんで義理の妹だが。


「そらにぃ、帰ろ?」

「ゴメン、後十分待って。そしたら委員会の仕事終わるから」

「わかった」


 名前は住原育枝(すみはらいくえ)。俺の一つ年下で空哲の「空」と言う字を「そら」と読んで名前を呼んでくる。理由は「くうにぃ」より「そらにぃ」の方が呼びやすいとか何とかだった気がするが別に馬鹿にされているわけではないのならと言う事でそこまで気にしていない。最初は違和感しかなかったが、慣れれば大して気にならないと言うかそれが当たり前になっていた。


「なら私図書室の中ブラブラしてくるね」

「わかった」

「ならまた後でね、そらにぃ」


 そう言って育枝は図書室の奥の方へと歩いて行く。

 あぁ見えて、兄想いのいい妹である。少し度が過ぎる事が度々見受けられるが。

 血が繋がっていない妹が世話好きでいつも俺に対して優しくて甘過ぎるせいで、それに慣れていた俺はいつしかそれが当たり前になって中々妹以上の存在が現れず恋の病を知らずに生きてきたのは言うまでもない。それも昨日までの話しではあるが。


「そう言えば、育枝って彼氏出来た事ってないよな」


 俺はふと疑問に思った。

 兄である俺ですら毎日一緒にいて面倒見が良く、愛想も良いと思える育枝には未だ一度も彼氏と呼べる存在が出来た事がない。


「まぁ、高校生になったんだし、そのうち出来るだろ」


 妹にはこんな俺とは違い幸せになって欲しいと願うのは兄として当然だろう。そこに例え血の繋がりがなくても俺は育枝の兄である事には変わりがないのだから。


「あんな可愛い子知り合いにいたの?」

「まぁな。ん? 何故ここに?」


 声の聞こえてきた方向に視線を向けると、HR(ホームルーム)が終わると同時に担任の先生に呼ばれて何処かに行ったはずの白雪が立っていた。


「さっきの答え言いに来たんだけど。聞くの止めとく?」

「俺クラスで断ったよね?」

「えぇ。でも表情が残念そうだったから、後味悪いだろうなと思って言いに来たんだけど」

「ならせっかくだし聞いておこうかな」


 俺の心臓の鼓動が再び強くなる。

 それと同時に変な汗をかき始める。

 胸が苦しい、だけど気になる、早く教えてくれ、そんな感情が一気に押し寄せてきた。


「なら言うわ」


 ――ゴクリ。


 俺の初恋、さぁどうなる?


「住原空哲は異性としては好きではないわ。ただ私のファンとしてはかなり好き。私と違う価値観を持っている癖に私をしっかりと見てくれている所が特にね。それが答えよ。正直に言うと変な期待をさせたままは悪いと思ったから伝えに来たわ」


 あぁ、感情がこぼれ落ちるとはこうゆう事なのだろう。


 心の中で目に見えない何かが凄い勢いで崩れ落ちていくのがわかる。


 ヤバイ。このままでは感情だけでなく涙まで零れ落ちてしまう。


 白雪に見えないようにして手を握り、拳に力を入れる。


 そして震える手を隠しながら言う。


「そっかぁ。教えてくれてありがとう」

「えぇ。それと私の唯一の男友達と呼べる存在は住原空哲ただ一人よ。今年は同じクラスになったんだしこれからまずは友達として仲良くなっていきましょ。ならまたね」


 そう言って白雪は図書室から手を振って出ていく。

 俺は必死になって涙を我慢して、ぎこちない作り笑顔で頷いて白雪の背中を見送った。

 そして白雪の姿が見えなくなると同時に我慢できなくなった涙が零れ落ち始めた。

 今まで本の世界で失恋した主人公やヒロインを見てきたが、これが俺の生きる世界での失恋なのだと思うと思っていた以上に辛く、とてもじゃないがしばらく立ち直れそうになかった。


「そらにぃ、大丈夫?」


 どうやら本棚の隙間から育枝が今の一部始終を見ていたらしい。

 俺の隣に来て、情けない兄の顔を覗き込むようにして声を掛けてくれる。


「ほら大丈夫だから、こっちおいで」


 そう言って育枝は両膝を床に着けて座り子供みたいに泣き始めた情けない俺の顔を自分の胸に当て頭を優しく撫でてくれる。育枝の柔らかい胸の奥から聞こえる心臓の音が俺の心の奥に一定のリズムで届き始める。そして育枝の温もりは俺の心を優しく包み込んでくれる。


「……ぅ、……ぅ、……ぅ、ゴメン。情けない兄で」

「ばか。何かあったら助け合うそれが兄妹でしょ。それに今ここには私とそらにぃしかいない。だから遠慮しないで」

 俺は優しい言葉を掛けてくれる育枝に感謝しながら、声を押し殺して泣き続けた。


 それからどれくらいの時間が経過したかはわからない。

 だけど俺が泣き止むまで、育枝は何も言わずに俺の側に黙っていてくれた。


 本当に良く出来た最高の妹だと思った。


 そして俺達は図書室の鍵を閉めて兄妹仲良く両親がいない家へと帰る事にした。

 両親は今夫婦揃って海外で仕事をしている。

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