第20話 新たなクエストへ向けて
ナパジェイ帝国。なにもそこは暴力のみが支配しているわけではない。
しかし、どのような者でもある程度の暴力を持たねば生き抜いていけないのも事実だ。
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「女子力バスターズ」として正式にパーティ名を名乗り一か月、「魅惑の乾酪亭」に張り出される程度の依頼なら楽勝でこなせるようになってき、指名での依頼も時折入るようになってきた頃、それでも、「女子力バスターズ」は銃の遺跡発見以降、天上帝のお眼鏡に適うほどの大きな依頼を達成できずにいた。
あと八つ、大きな依頼をこなすこと。いや、トータル・モータル・エルダードラゴンを倒すことも考えれば今の実力ではどう考えても不足であった。
いっそ大陸の大国との戦争でも起こってくれれば、傭兵として戦争に参加し、大きな戦果を挙げる機会もあろうというものだが、ナパジェイという国は他国に対して、「決して攻め込まない」と憲法で定めている。また、モンスターやアンデッドを配下にしたナパジェイの軍事力を知っていてわざわざ攻め込んでくる国もない。
結論として、少なくとも近い将来では他国との戦争など起こりようもないのである。
よって、国是に反発する勢力を潰すのが冒険者の主な仕事なわけだが、こないだのウラカサでも比較的大物の部類に入るので、あとは未開地帯になっている北のコンサド島を主としたゾーエ地域の開拓にでも参加しない限り大きな功績を立てられそうにない。
しかし、ゾーエ地区は屈強なナパジェイの冒険者たちが開拓に向かい、多数返り討ちにあっている危険極まりない地方である。
北伐しながら開拓するには今のユメたちではまだ実力が足りないのである。
そんなことに悩みながら、ユメは冒険の合間に仕上げたトモエから依頼された写本を閉じたのだった。
彼女、いや彼は、暇つぶしのように女子力バスターズに小さな依頼を持ってくる。いい小遣い稼ぎになるのでユメたちも無碍にはできないでいるのだがこんな依頼ばかりをこなしていては当の本人が言っていた八の大きな依頼をこなして天上帝に認められることなどいつになるやら想像もつかない。
「やっぱり、北伐しかないか!」
これまで、どんな冒険者が向かっても現地住民や土着モンスターにやられて帰ってきてしまったというゾーエへの開拓事業。
そもそもゾーエのほとんどを占めるコンサド島はナパジェイ列島にありながらその実態がよく分かっていない。シコク島のようにナパジェイの管理下にあり、モンスターの居住区になっているわけでもなく、そこに住んでいる住人たちにナパジェイ国民という自覚があるかどうか定かではないという。では彼らを味方につけられれば皇帝も満足のいく戦果を挙げられたということになるだろう。
こんなことを考えていることを母に手紙で相談したらきっと反対されるだろう。
なにせ、ユメの両親が住むガサキは他国との交流もある、ナパジェイで最も平和な地区なのだから。
『ママ、わたし達これからナパジェイで一番危険でよく分かってない島に行ってくるね』
なんて書いたら母は帝都へすっ飛んできて止めかねない。
だからこそ、そんな危険な地帯へ行っても簡単に殺されないだけの実力を身に着ける必要があるのだ。
そこで、ユメはナパジェイの魔法顧問であるスイの母親に魔法の稽古をつけてもらう話を現実的に考え始めた。
これまで、なんとなく相手の立場の大きさもあって後回しにしてしまっていたのだ。
魔法を習うのであれば、スイは勿論のこと、オトメも連れて行った方がいいだろうか。
そういえば、オトメの説法の件であるが。
オトメは冒険の合間を縫って、今も唯一神教の教会で説法を続けている。
人間とは現金なもので、オトメが冒険者として有名になると、割と真面目に説法を聞く信者も現れ始めたという。
さておき、まずはスイから彼女の母に話をつけてもらうのがいいだろう。
「うん、いいよー」
別室で冒険譚を読んでいたスイに話を持って行くと、二つ返事だった。
ちなみにオトメはアシズリ司祭からより高等な回復魔法や神聖魔法を習うそうで、スイの母親に師事してもらう件に関しては断られた。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
さて、スイの母こと、クリス・ショウ女史に魔法を習いに行く当日はほどなく訪れた。
場所は、なんと巨塔の中に呼ばれた。なんでも、直接教えはしなくてもスイの父、クォーツ・ショウが修行の様子を見ていたいからだそうで、ユメは緊張したが、こちらには断る権利もない。
これだけでも結構修行になるんじゃないだろうかと言いたくなるほどの長い螺旋階段を上っていき、とうとうユメとスイはクォーツ・クリス夫妻が待ち受けるであろう巨塔内の部屋の扉の前まで辿り着いた。
すると、まだノブに手をかける前にドアの方が勝手に開いた。
「やーん、ユメちゃんオヒサシブリ~!」
そんなことを言って抱き着こうとしてくる人物がいきなり現れたのでユメは反射的にかわした。
「はい、頼まれてた写本ですよ。トモエ魔法顧問長」
写本をついでに持って来いと言われていた時点で何となく予想がついていたので、ユメはなるべく感情を出さずに写本と原本を差し出した。
「もう、お偉いさんの暇つぶしに少しくらい付き合ってくれてもいいのにぃ」
「お偉いさんならもう少しそれらしい態度を取ってください」
二冊の本を受け取るとトモエは本当にそれだけの用事だったらしく、素直に立ち去った。
「上司が失礼した。ユメ・ステイツくん、だったね。娘が世話になっている」
部屋の中に二人いた魔法顧問の男性の方が先程のトモエの行為について謝ってくる。
真っ黒いスーツに、いかにも伊達者が被っていそうなシルクハット。彼がスイの父にしてリッチのクォーツ・ショウだろう。
ユメはリッチを見たのは初めてだったが、母からその存在を教えられた時は、まさかパーティメンバーの父として出会うとは思いもしなかった。
「スイ、元気そうで安心したわ。ユメちゃん、今日はよろしくね」
こちらはダークレッドのローブに身を包んだ三十代くらいの淑女が挨拶してくる。
なるほど、スイの母親だと言われると面影がある。
一般に「娘は父親に似る」などと言われるが、スイは母親似だ。
「なんでも北部開拓に行きたいから鍛えて欲しいだとか。正直、母親としては娘を冒険者になって一か月でそんな危ないところに行かせたくないものだけどね」
「ああ、それは、その。酒場に来る依頼だと物足りなくなってきまして」
「まあいいわ。その代わり、教えを請いに来た以上、二人とも指導に手は抜かない。指導中に死んだら『自己責任』ね」
ナパジェイの魔法顧問らしく、国是を言うと、さっそく訓練が始まった。
「まず、得意とする属性の中で一番威力の大きい魔法を使ってみなさい」
ユメにとって一番得意な魔法は炎属性だ。その中で一番威力が大きい魔法と言うと……。
赤のB級宝石を取り出し、ユメは魔法を発動させた。
「バーニング・バーストッ!」
詠唱と共に炎の玉がユメの手のひらから飛んでいき、巨塔の壁に炸裂すると轟音と共に爆発が巻き起こる。
「ふむ……」
ユメの魔法を見たクリスは顎に手を当て、少し考える仕草をした。
「あなたに魔法を教えた人はとても優しい人だったのね。そして、自分の代わりに敵の血をその身に浴びてくれる人がいつもすぐ近くにいた」
「え?」
思いがけないことを言われて、ユメはクリスの顔をまじまじと見てしまった。
「魔法に殺意が籠ってないわ。食らった相手は結果として『死ぬ』だけ。『殺す』魔法じゃない。せいぜい、『壊す』魔法ってところかしら」
「なっ! わたしの魔法に敵を殺す力が足りないっていうんですか!?」
「ええ。その一点においてはスイに教えてきた魔法の方が上ね」
「そんな……」
「言っておくけど、それはあなたが魔法使いとしてスイより劣っているという訳じゃない」
クリスは少し言い過ぎた、という表情になって、ユメに先程使ったのと同じ価値の赤のB級宝石を渡した。
「要は方向性の問題なの。今後、敵を殺す、という目的で魔法を使いたいなら私が今からあなたが今まで得てきたものを捨てさせてでも鍛え直してあげる」
「…………」
「本音を言うと、おすすめはしない。あなたは今の魔法の使い方が一番いい。仲間のために、仲間がうまく戦うために魔法を使うのがあなたに魔法を教えた人の望みなのだろうから」
「…………」
「今のあなたにはスイがいる。スイには私が『相手を殺す』ための魔法を教えてきたのだから。だから無理して自分を変える必要はない。仲間を信じて仲間のために魔法を使う魔法使いになればいい」
「でも、わたしは、強くなりたいんです!」
「例を見せた方が分かりやすいわね。スイ、このC級の赤の宝石で『敵を殺せ』と言われたらなんの魔法を使う?」
「火葬(クリメイション)!」
スイが魔法を唱えると、そこには誰も居なかったが、火球がその場で停滞し、おそらく敵を焼き殺すまで消えないであろう時間燃え続けた。
「そう。殺戮を行うならさっきみたいに威力だけ大きい魔法より敵一人を確実に殺す魔法を使う方が効率がいい」
「それなら、わたしは補助に徹してろっていうんですか?」
「臨機応変よ。魔法には他人の魔法の効果を高める魔法もある。それを仲間に使った方がいいときもある。あなた自身が攻撃した方がいいときもある」
「それなら、わたしはここに何をしに……」
「二か月ね」
こともなげに、クリスは断言した。
「あなたとスイを北部開拓へ向かわせられるくらいに鍛えられる最短期間。その期間にあなたたちパーティが国公認で北部開拓させるミッションを出せる様手配するわ。もちろん、他の仲間たちにもそれ相応の修行をしてもらう」
「そう言って、公務を二か月も遅らせる気か」
様子を見ていたリッチのクォーツが妻に呆れたように言う。
「あら、北部開拓が成ったら国にとって大きな前進よ。書類仕事なんてしてるよりはよっぽどナパジェイのためになるし、それにきっと陛下も喜ぶわ」
どうやらナパジェイの魔法顧問には強引な人物しかいないらしい。
なんだかんだと話は進み。ここから二か月のパーティの行動が決まってしまった。
ユメとスイはクリスからの特訓。
オトメはアシズリ司祭を飛び越えて、国お抱えの回復魔法の使い手からの手ほどき。
ヒロイとオトメは国が用意した師匠――後で知ったことだがエーコ少将だったらしい――の下で剣の修行。
ハジキはナパジェイ軍唯一の銃士の元で訓練。小規模ながら国でも銃の開発は進んでいたとのこと。
そして、二か月はあっという間に過ぎ、北部開拓のために六人は久しぶりに「魅惑の乾酪亭」に一堂に会した。
が。
そこからの展開が予想とかなり違っていた。
てっきりコンサド島に渡る直前の本島の北端まで馬車で送ってくれる手配でもしてくれているのかと思ったら、なんと、「トーナメント戦」に出ろ、と言うのだ。
魅惑の乾酪亭のチーズを気に入ったらしいクリスは昼間からワインを呑みながら、集まった一同にこう言った。
「あなたたちには、北伐パーティ選考試合に出て、優秀な成績を残してほしいのよ。国としても中途半端なパーティを送り込んで貴重な臣民の命を無駄に散らすわけにもいかないしね」
「……『自己責任』のナパジェイらしくないやり方ですね」
「今回の話は、送り出す方にも責任が生じるの。生半可な実力のパーティが何回も行ったきりになってるわけだしね。というわけで、ゾーエ地区北伐部隊選考試合がキョトーで明日から行われるわ。別に優勝まで行かなくても選抜隊には選ばれるからまあ気楽にね」
そう言って、クリスはプロセスチーズのおつまみをかじりながら、ワインでそれを流し込んだ。
トモエといい、このクリスといい、どうもナパジェイの魔法顧問は基本的にこんな感じなのか。
どちらにしても、この二か月間、曲者な師匠の下で厳しい訓練に耐えたのだ。
それは、ヒロイも、ヨルも、オトメも、ハジキだってそうだろう。一度ワンランク上がった実力でパーティの連携を実地で確認しておくのも悪くない。
「わかりました師匠。明日ですね」
「すでに冒険者な先輩たちが小生意気な新人を潰そうと必死になってくるから、頑張ってくるのよ」
最後の台詞まで、クリスはそんなのだった。
さておき、トーナメント、どんな連中が相手になるやら。
ユメは初めてキョトーの街に来た時、大通りで酒場に入ったとき、自分を新米だ、一人者だとあしらった連中を思い出し、闘志を燃やし直したのだった。
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