第三章 アルテミルと領主

第30話 間違えて盗賊を助けてしまう1

ドジル達の事をリエにどう報告しようかと迷ったが、何も言わないほうがいいというマドリーのアドバイスに従うことにした。


ベテラン冒険者が三人も姿を消した事は多少話題にはなったが、ドジル達があまり好かれてはいなかったためか、特に問題として取り上げられる事はなく、ギルドマスターのリエも───薄々は感付いているのだろうが───何も聞かず、コジローはまた、ギルドの依頼をこなし金を稼ぎながら、魔法と剣の修行を続ける日々に戻ったのだった。


そんなある日、街の近くの森で、ゴブリンの集落が発見されたという情報があり、討伐をコジローとマロが請け負う事になった。




ゴブリンはそれほど危険なモンスターではないが、群れで行動するので、数が多いとやっかいである。


また、どんな相手にでも襲いかかり、勝てないと分かっても撤退するという知恵はない。


繁殖力は異常に高く、いくら殲滅しても居なくなると言う事はない。何より忌み嫌われているのは、ゴブリンは同種のメスだけでなく、人間や獣人・亜人など、人形の生物のメスを囚えて種付けするのだ。


特に弱い人間のメスは狙われやすい。連れ去られた人間の女は悲惨である、陵辱されゴブリンの子供を産まされるのだ。ゴブリンの成長は早く、1ヶ月ほどで臨月となり生まれてくるが、母体となった人間の女は死んでしまう。生まれたゴブリンは、サイズこそやや小さいものの、すぐに立ち上がり大人と同じように活動し始める。


そんなわけで、ゴブリンに対する人間の、特に女性の憎しみは強い。そのため、ゴブリンは見つけ次第、随時退治する事が推奨されている。




しかし、いくらゴブリンとは言え、集落までできている=つまりかなりの数がいるはずなのに、コジローとマロだけで討伐を請け負うというのは普通ではない。もちろんコジローとマロであれば十分その力があるからでもあるのだが、一番の理由は、とにかく冒険者の人手が足りないからであった。


なぜか最近、街の周辺に危険な魔物が多く出没するようになっており、商人の護衛に冒険者達が駆り出されていた。そのため、低ランクモンスターの殲滅という雑用に近い仕事を受ける冒険者が少なかったのである。


もちろんリエは、ランクの低い、護衛の依頼が受けられない初心者冒険者たちを集めてやるよう言ったのだが、それはコジローが断った。一人でないとコジローは十分に力を発揮できないからである。転移魔法やマロの能力など、できればあまり宣伝したくない事が多い。それはリエも理解してくれ、コジロー単独での任務となったのである。




目撃情報を元に、森の中でゴブリンの集落をみつけたコジローは、マロの魔法による奇襲攻撃で一気に殲滅してしまう方法を選択した。


マロが極大の火球を放ち、集落ごと一気に燃やし尽くしてしまったのである。


そのような方法を取ると討伐の証明部位が回収できなくなるが、今回は一人(と一匹)だけで大量のゴブリンを殲滅しなければならないため、それで構わないとリエから許可をもらっていた。




ただ、森の中でそんな大きな火を使ったのは失敗であった。森林火災になってしまったのである。


延焼を防ぐために周辺の木を切り倒し、防火帯とする事で延焼は食い止められたが、その作業のほうが、ゴブリン退治より大変であった。




次元剣を使えば、一閃するだけで大木も簡単に斬れてしまう。さらに "加速" と "転移" を併用すれば、かなりの速度で伐採が可能である。


また、切った木は、斬った瞬間に蹴りを入れて倒れる方向をコントロールした。最初、どっちに倒すのが適切なのかよく分からなかったのだが、二列伐採して、火災に近い側の木は火災のほうへ、もう片方は逆方向に倒す事で、防火帯を作り出すことに成功した。


マロも、ウィンドカッターを使って木を切り倒す事ができたため、二人ががりでそれほどの時間は掛からずに防火帯の作成は完了したのだった。


ゴブリンの集落があった場所を中心にまだ火は燃えて続けているが、やがて、燃えるものがなくなれば鎮火するであろう。


あとは周辺を探索し、集落の外に居て生き残ったゴブリンをを殲滅していく。


これも、コジローとマロにはそれほど難しいことではない。マロには非常に優れた視覚・聴覚・嗅覚+第六感があり、広範囲に獲物の気配を察知することができる。コジローも、ゼフトにもらった索敵用の魔道具で、自分の周辺のモンスターの居場所が分かる。


移動に関しても、「神獣」とも言われるフェンリルであるマロの速度は "神速" であり、コジローも転移魔法が使えるので、モンスターの居る場所まで難なく移動できる。


周辺の殲滅も完了し、あとは火災が鎮火するのを待てば良い、という時、森に近い街道からなにやら争う声が聞こえてきた。




街道に続く道に出てみると、馬車が襲われていた。


逃げる馬車、追っているのは人間。


追っている側のリーダー格と思しき男は、まさに盗賊という、恐ろしい顔つきをしている。




「俺が食い止める、先に行け!」


馬車の護衛の冒険者だろうか、一人が立ちふさがり、馬車を先に行かせた。


男はかなりの手練であるようだ、たった一人で追撃を食い止めている。馬車はその間に遠ざかっていく。


だが、多勢に無勢、このままではいずれやられてしまうだろう。




コジローはマロに、後ろから咆哮を浴びせるよう頼んだ。


しかし、マロはすぐには向かわなかった。数秒、周囲を索敵したのである。コジローを一人にしてまた敵に襲われないようにするためだ。


ゼフトにマジックシールドの魔道具を貰ったのだからもう心配は要らないのだが、マロとしては、自分が離れた隙にコジローが矢傷を受け死にかけた事を、どうしても気にしてしまうのであった。


コジローの周囲に危険な魔物がいない事を確認すると、マロは飛び出していった。


戦闘態勢のマロは大型犬程度の大きさだったが、さらに大きく変身することもできる。


体長数メートルというサイズに巨大化したマロは、襲っている者達の後ろに着地すると、即座に "咆哮" を放った。




魔狼のような高ランクモンスターが攻撃的な殺気を込めた "咆哮" は、それだけで強力な武器である。まともに浴びれば心を折られ、体は萎縮し動けなくなってしまう。弱い生物は心臓が止まって死んでしまう事すらある。最高位のドラゴンの "咆哮" ともなると、物理的な破壊さえもたらす。


マロはまだ子供だが、魔狼の最上位種フェンリルである。その咆哮をまともに浴び、その場に居た者達は全員動けなくなってしまう。




しかし、すぐに、馬車を逃がそうとした護衛の男がヨロヨロと起き上がろうとしているのが見えた。


マロの咆哮を受けてすぐに立ち上がるというのは、かなり実力のある冒険者なのだろう。


男が呟く


「・・・狼?」


この男はボル、隣町で護衛に雇われたランクD冒険者であった。


コジローは転移は使わず、加速だけで駆けつけその男に声をかけ、手を貸した。


「大丈夫か?!あの狼は味方だ、安心していい。」



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