第62話
香川理沙は焦っていた。
大原結衣のバックを漁っているときに背後から本人が現れたからだ。
(おっ、落ち着け私。いつも通り、いつも通り振る舞うんだ)
田村の話を事前に聞いていたためか、本能的に取り乱すことがマズいと悟ったのだろう。
香川は珍しく機転を利かす。
「あっ、結衣。包帯ってどこにあったっけ?ちょっと替えたいんだよね、あーし」
「ああ。なんだ包帯なら――」
大原の視線が香川の手に移る。
(ん? 何か……握っている?)
「手に何持っているの理沙ちゃん?」
すかさず確認を入れる大原。目が光る。
香川理沙はつい先ほど田村から手渡された地図がある。彼女はまだそれを処分できていなかった。
「えっ?」
「まさか私のバックに何か欲しいものでもあったの?」
そう言って香川に近づく大原。まさしく絶対絶命。
口の端をつり上げながら、握られていた指を解いていくと……、
「……どん、ぐり?」
なんと香川の手に握られていたのはどんぐり。
「あーしが勝手に人のもの取るわけないでしょ。純粋に包帯を取り替えに来ただけだっての。そりゃ結衣のバックを漁ったのは悪いと思っているけどさ」
「ううん。私こそごめんね。別に疑ってたわけじゃないんだけど、何か欲しいものがあるなら遠慮なく言って欲しいなーって」
「ありがと結衣」
「どういたしまして」
なんとか難を逃れる香川理沙。
言動こそいつも通りを演じ切った彼女だが、心臓はバクバクと加速していた。
香川は田村の地図をブラジャーの中に忍び込ませていた。
どんぐりは声をかけられた際に
彼女にとっては出来た対応と言っていいだろう。
しかし、
(……いつもより脈が早かった。何を隠していた? けれどバックから抜き取られたものはない。手にもどんぐりしか握られていなかった)
大原が香川の手に直接触れたのは中身を確認するためでなく、脈をはかるため。
自然にやってのけるのが、大原結衣という女の恐ろしさだろう。
(いずれにせよ、これまで理沙ちゃんが無断でバックを漁るなんてことはなかった。もしかしてボーナスポイントで得た時間だけで田村くんが……? 上村くんの死体を掘り起こして絶望に叩き落としたはずですが……まさかもう反撃を? ふふっ、一体どうやって理沙ちゃんを疑心暗鬼にさせたんでしょうか。さすがです。この私でも想像つきませんよ。彼が全身全霊をかけて抗うとしている姿を想像するだけで濡れてきちゃいます。やっぱり私の目に間違いはなかったようです)
鳥肌が立った腕を抱きしめる大原。
(理沙ちゃんも銃を見てしまった以上、私に対する不審感を抱いてでしょうし、これから田村くんがどう動いてくるか注目ですね)
田村の反撃を察しておきながら笑みを浮かべる大原。
この駆け引きに勝利するのはどちらか。最終決戦が始まった。
☆
【香川理沙】
あーしは結衣に着けられていないことを確認しながら、田村が手渡した地図の目的地に来ていた。
「場所は……間違ってないわよね?でもお絵かきボードなんてどこに」
細い木々が生い茂っているだけ。お絵かきボードなんて見当たらないじゃない。
視線を右往左往させながらしばらく、探索していると、木の影に『↓』と彫られているのを発見する。
「もしかして……!」
駆けつけたあーしが地面の落ち葉をかき分けると……、
「……あった!」
あーしは結衣のバックに入っていたものを羅列する。これにどういう意味があるのかはわからない。けれどなぜかこのときのあーしは書き殴らずにはいられなかった。
だって確かに銃があったから。でもそれ以上にヤバそうだったのが――。
震える手でお絵かきボードに記録していく。
結衣の所持品で最も危険なのは銃――だと田村は思っているはず。
あーしだって目を疑わずにはいられなかったわよ。だって――。
お絵かきボードの一番下に羅列したのは。
――ダイナマイトだった。
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