第三話 西へ――――。②

 バロン城の中央から東に回廊を行くと塔があり、そこに王座の間よりも豪華絢爛な内装が施された一室があった。その一室でブツブツ独り言を言いながら、したり顔を繰り返す鶯色の髪の男はスネ王子であった。


「これで後は教主共を言いくるめる事が出来れば僕は聖女のインチキを暴いた英雄となり、王位継承権が手に入るわけか。他愛ない。」


 スネ王子はガダル王の第四子で三男にあたる。長男であるウエスト王子は幼少の頃から神童と謳われ、絵本の代わりに『孫子』を完全に暗記し、十代でバロンの内政に携わるほどであった。次男のダンカンはというと恵まれた体躯もあって武芸を達人の域まで極め、また情に厚く、王という偶像に相応しいのは次男のダンカンの方ではないかという声も多かった。

 身なりや部屋の内装に必要以上の金をかけるだけで別段何の取柄もないスネ王子は聖女の不正を暴き、民衆からの支持を得て時期王がウエストかダンカンかという世論に待ったをかけたい、というのが目論見であった。


「そもそも僕の誘いを断ったあの女が悪いのだ。慰み者として養ってやろうとしたのに断りやがって。お前もそう思うだろう?イデじい。」


「は、そういう場合も無きにしもあらずでしょうな。」


 部屋の掃除をしに来た執事のイデじいは肯定とも否定とも取れない微妙な返事をした。

 スネ王子が幼いころから身の回りの世話をしてきたイデじいは二年前―――、ビアンカがまだ見習いで修業中だった頃―――、スネ王子が本気でビアンカに一目惚れした事を知っていた。女心とはどういうものか、はたまたプロポーズの作法まで恋愛経験の乏しかった(今も恋愛というより性のはけ口として何名か囲っているだけだが)スネ王子はイデじいに教えてくれと必死でせがんだ。まずお友達から初めてはどうでしょうかと散々提言したのにも関わらずスネ王子は「僕の地位と顔面偏差値で落ちぬ女など居ない」と頑として譲らず、プロポーズをし、ものの見事に玉砕してしまったのである。


”あの時私がスネ王子をお諫めする事が出来ていたとしたら――――、こんな事にはならなかったのだろうか――――。”


 すらりとした長身で真っ白な口髭を触りながらイデじいは目を細めた――――。


    ×    ×


”ちと飲み過ぎたか。夜風にでも当たるとしよう―――。”


 確定だと思われた王位継承権に楔を打つことに成功した(と思っている)スネ王子は城下町を千鳥足で散歩していた。すると何やら見回りの騎士達が話し込んでいる。


「何かあったか?僕に申してみよ」


「はっスネ王子様!何やらここ最近魔物が至る所で見られるようになり、ギルドのクエストが不足する事態になっているようです。」


「なら増やせばよかろう」


「はっスネ王子様!しかしながらクエストは冒険者達の人数に合わせて過不足なく用意されるものでして…。」


「ふうん。まあバッタの異常発生のようなものだろう。こちらで人員を用意するから必要な数を書いてあとで僕の部屋に持ってくるがいい。」


「かしこまりました!」


”はあ、また善行に勤しんでしまった…。覇の道を征く者の責務とはいえ…。”


 スネ王子はやれやれといった表情で首をかしげながら城に戻った。

 



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