61
あの魔女に逃げられてからはや数ヶ月。
ミームの世界は壊されようとしている。
サンガルシア王国の地に満ちていた呪いが何かによって吸い取られて言っているのだ。
何者が原因かはわかっている。
あの、レインという魔女の仕業で間違いない。
城から空を飛んで脱出するなどという離れ業をするような女だ。きっとなにか、呪いを……ミームの力を奪い取る方法も考え付いているに違いない。
「おのれ……」
どこまで恐ろしい存在なのだろう、あの魔女は。
そんな恐ろしい存在なのに、排斥されていないのはどういうことなのか?
理不尽ではないか、そんなことは。
不公平ではないか、そんな存在は。
あの魔女には出会った時から嫌悪しかない。
それが嫉妬だと認めてしまっているから、なおの事激しい。
あれほどに魔女としての才能に恵まれ、あれほどに人間離れをしておきながら、人間に恐れられることなく、排斥されることがない。嫌悪はされていたかもしれない。敵はいたかもしれない。だが、その全てを余裕の顔で排除してきたのだろう。出会った時から感じる傲慢さがそれを物語っている。
ただただ恐ろしいだけの存在。
それがレインという魔女なのではないのか。
だというのに……。
アンリシア・バーレント公爵令嬢。
どうして、そんな女にあんな理解者がいる。
「許せない」
ただ魔女になってしまっただけで家族に捨てられ、ただ魔女であるだけで隠れて暮らし、ただ魔女であるだけで兵を放たれる。
魔女とはそういうもののはずだ。
あの女のようなもので……あってはならない。
そんな超常的な力など許されてなるものか。
それが許されるというのであれば、どうして私は……こんなにも……。
「…………」
王都の中は静寂に満ちていた。
誰もが静かに己のなすべきことをこなしている。
もはや偽りの治療薬を作る必要もないので聖女たちは工房の温室を拡大して野菜を作らせている。
彼女らの力があれば王都の人々が食べるにはまったく困らない。
隠れ里にいた頃にも同じように魔女の温室で薬草だけでなく野菜も栽培していた。あんな山奥の村で困窮なく暮らしていくことができたのは、魔女の鍋や工房があったからだ。
「誰も何も不満を持たず、自分のやるべきことをしているのならあなたは必要ないのかしら? 陛下」
隣で言葉もなく王都を見下ろしているダインの肩に頭を寄せる。彼はミームの動きに合わせて腕を回し、体を引き寄せてくれた。
頭が彼の胸の上に移動したので心音に耳を傾ける。
生きている。そのことを確認するとほっとする。
国土に満ちていた呪いはレインの仕業でそのままにしておけなくなった。
「俺にはお前がいればいいんだよ。ミーム」
ダインが優しく笑いかける。
だが、その目は笑っていない。光のない平板な目がミームを見つめている。
呪いに意識を奪われた者は皆こんな目になるのだ。
ミームが欲しかったのはこんな目だっただろうか?
あの日に見た純真無垢な輝きだったのではないのだろうか?
どうしてあの魔女はそれを持っている。
どうして……?
どうしてうまくいかないの?
ミームはただ、この国に虐げられた魔女たちのための国を作ろうとしているだけなのに。
そんなものに見向きもしない魔女が破壊しようとしている。
それなのに……。
それなのに……。
「ねぇ、陛下」
「なんだい、ミーム」
「愛している?」
「もちろんだよ、ミーム」
「そうよね、陛下……ダイン。それなら……」
愛する男の虚ろな瞳に自身を映し、第一聖女は覚悟を告げる。
「あいつを消しに行きましょう」
あんな奴がいるからミームが迷うことになる。
魔女は不遇な存在。
不幸な存在。
ミームこそがその境遇を唯一救うことができる存在。
そうでなければならないのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。