54 続ミーム視点(暗い話注意)
ミームが生まれた村はサンガルシア王国の国境に近い場所にあった。特別に豊かなわけでもなく、特別に貧しいわけでもない。税はそこまで厳しくもないが、作物のでき次第では越冬の時期に多少ひもじい思いをしなければならない。
そういう村だった。
ミームの髪が黒くなったのは幸いというべきか冬を越えた後だった。ある朝目が覚めたら髪が黒くなっていた娘を、両親はとある所へ連れて行った。
ミームにとって不幸の中に幸運があったとすれば、ここが国境の村だということだ。王国に編入されたのは最近のことで、王国の暗い歴史からの影響が少なかった。
それでも魔女が現れたら処分しなければならないことは領主から遠回しの圧力を受けていた。
この国では魔女はその存在を認められていない。
法に明文化されているわけではない。
だが、その感覚は厳然と支配者たちの中に存在していたため、国民もそれに従わざるを得ない。魔女を隠していたなどと知られれば……重い税を課されるだけならまだマシだ。場合によっては村ごと罪人として処断される。
そんな話は幼いミームにも聞こえていた。
自分がどういう運命になるのかわからず、黒くなった髪を必死に布で隠して両親の後に付いていくしかなかったミームであった。
このまま殺されてしまうのだろうか。森に置いていかれるのだろうか。谷に突き落とされる? 両親に殺されるかもしれないショックと恐怖。どういう殺し方をされるのかわからないという閉ざされた未来の暗さに歩いている感覚さえもおぼつかず、何度も転げた。ただただ黒い髪だけは必死に隠して。
そうして辿り着いたのはいくつかの山を越えた奥地だった。
なんとそこには魔女となった人々が隠れ住む村があった。隠れ里だ。
この辺りに人々は村の者が魔女となると、こうしてこの里に連れてくるのが、サンガルシア王国に支配された時からの秘めた習わしとなっていた。
無事に里に預けられたミームは自分が死ななくてよいのだという安堵感と共に、自分が両親を疑っていたのだという恥ずかしさと生きたまま別れなければならない哀しさに涙した。
それからミームの魔女としての日々が始まった。
魔女の鍋の使い方を覚え、薬草の育て方、薬の作り方を覚え、魔法を覚え……色々なことを覚えていった。
この村は外との交流の絶えた場所にあったが、だからといって貧しいわけではない。むしろ豊かだった。
魔女たちの魔力と知識は土地を豊潤にし、強力な魔法はモンスターを遠ざけ、逆に狩ったりもした。魔女の鍋から生み出された服は見た目以上に暖かかったり涼しかったりした。食べ物は美味しく不思議な力を与えてくれた。魔女は滅多に現れないため年の近しい者がいないことが寂しくはあったけれど、冬の寒さやひもじさに怯えることなく春を迎えられることの方がありがたかった。
ミーム自身、魔女としての才能があった。里の先輩魔女たちによく褒められることが嬉しかった。両親の愛情は深かったとは思うが自身の内にある何かを認められることの喜びを知ったのはこの里が初めてだっただろう。
そのまま、何事もない日々が続くかと思われたのだが……。
その日は唐突に訪れた。
ある日、里の外で薬草を採っていたミームは熱中し続けていつもより遠くに来てしまった上にモンスターに襲われてしまった。
苦戦はしたもののなんとか倒したミームだったのだが疲れ果てて帰るのを諦めて野営をすることにした。
そこに、彼が現れた。
「そこに誰かいるのか?」
モンスター除けの香も焚き焚火を眺めながらうつらうつらしていると、そんな声が闇の奥から届いた。
「誰?」
「そっちこそ」
聞き慣れない声……いや、その類の声を聞くのは魔女になってから父親以外では初めてだった。
男だ。
「どうしてここにいるの?」
「お前こそ……いや、魔女か!?」
闇の中から抜け出してきた男……いや、男というよりは少年だ。変声期を迎えていない高い声が耳に痛い。
「くっ、魔女に見つかるなんて……」
剣を抜いた少年にミームは腰を上げ、いつでも逃げ出せるように身構えた。
普通の人間に見られてはいけない。しかも魔女だと身構えるような人間には絶対に。里の者たちにはそう教えられてきた。
(私の魔法ならこの子ぐらい簡単に殺せる。だけど……)
ミームはまだ人を殺したことはなかった。
モンスターや森の獣を殺すのと人間を殺すのは違う。生き物の命を扱うという点では同じでも、そこには精神的な硬い壁が存在する。
「ぐっ……」
ミームが精神的な絶壁を乗り越えられないでいると、少年がいきなり苦しそうに顔を歪め、その場に膝をついた。
わき腹を押さえている。
「あなた、血がっ」
「近づくな! 魔女!」
少年はそう叫んだものの耐え切れずにその場で膝をつき、そして倒れてしまった。
「うっ、うう……」
殺さなくてはいけない。
だけど殺せない。
でも、この少年はおそらく放っておけば死ぬ。
なら、このまま何もしなければいい。
だけど……。
だけど…………。
「ごめんなさい!」
そう叫んで、ミームは少年の治療を始めた。
少年の傷は内臓にまで達しており危険な状態だった。
これがレインなら回復薬と魔法があれば一晩もかからずに治療を終えていることだろう。
だが、ミームは才能があってもまだ魔女としては半人前。傷を塞ぐことはできてもその後に発した熱の対処に追われて数日間、その場にとどまることとなった。
木の枝と枯れ葉で簡易的な天幕を作って雨露をしのぎ、この辺りにある山菜で滋養のある食事を作る。
魔女の鍋があればもっと簡単にできたのにとは思うが、まさか少年を連れて里に戻るわけにもいかない。ミームはこの場でできることを精一杯行った。
「助かった」
かかりきりで世話をしたおかげで少年もすっかりミームを信頼するようになった。
少年はダインと名乗った。赤い髪が印象的なきれいな少年だ。世話をするとたびたびドキリとさせられた。
そんな不思議な感覚の正体がわからず、「弟ができていたら病気に時にこういうことをしていたかも」と思うようにしていた。
「……魔女も普通の人間と同じなんだな」
「当たり前じゃない」
と笑ってみせるのだけどダインは深刻な顔で黙ってしまう。
どうしたのだろうとミームが覗き込むと顔を反らされてしまった。少し傷つく反応だけれど、まだ気分が優れないのかと思って離れる。
……じっと見ているとなぜだかとても恥ずかしくなるのもある。
魔女の里は豊かだけれど、人の心の機微を学ぶには隔絶的過ぎた。思春期に差し掛かった少女の当たり前の情動も理解できないままミームはダインになにかを感じて戸惑ってしまっている。
「……熱も引いたし、そろそろ行かないと」
「そうなの?」
「ああ。助かったよ」
「……うん」
と、枯れ葉の天幕から出てきたダインは立ち上がり……よろけた。
「まだ休んでいた方がいいんじゃないの?」
「そういうわけにもいかない。心配しているだろうからな」
「そっか……」
ダインの言葉でミームも里の人たちのことを思い出して慌てて支えた。
だけど、彼と別れるのも惜しい。よくわからないけど、惜しい。
「もう少しここにいる?」
「いや、戻らないと。……手伝ってくれないか?」
「え?」
「他の連中と会わなくてもいい、近くまで運んでくれないか?」
「う、うん。それなら……」
「すまない」
まずいかもという思いはあった。
里の先輩魔女たちに人に近づきすぎるなと言われていたのだ。
だけど、ダインともう少し一緒にいられる理由ができた。
どうする?
先輩魔女たちの助言に従うか?
心の欲求に従うか?
ミームはダインの手を取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。