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 なにかに狙われているのよと怯える赤竜女帝は可愛くない。

 ちゃんとしたメスなのにどうしてオネエ風なのか。

 オネエを悪く言いたいわけじゃない。だけど彼女を喩えようとするとゴリゴリの男が男のままで女の振りをしようとしていると言いたくなってしまう。つまりそれは古くからあるオネエのイメージだ。

 とはいえ、たとえ可愛くなくとも一度保護すると決めた以上はちゃんとするのがレインちゃんである。


「なにかひどいこと考えていない?」

「ううん。とんでもない」


 赤竜女帝の疑わし気な視線を無視して私は即席の魔女の鍋でご飯を作る。

 保護してから一週間。

 私たちはこの場でのキャンプを続けたまま、彼女に食事を提供していた。


「それで、なにに狙われていたかわかっているわけ?」

「それがわかれば苦労はしないわよ」


 赤竜女帝は何かに狙われていてそれから逃げ回っていたというのだ。現在の生物たちの中で間違いなく最強種の竜族……その中でも最高位に存在するだろう赤竜女帝をつけ狙っていて正体を報せないなんてなかなかできることではない。

 だからできればそれの正体を知りたいのだけど、赤竜女帝はそれらについてなにも見当を付けられないでいた。


「正体を掴ませないから怖いんじゃない。油断できないから、体がお産に移ってくれなくて、でも中ではちゃんと育ってて、お腹が張って気持ち悪いのよ」

「へぇ……」


 気持ち悪い?

 それはいま大猪鍋を呑み込んでいる赤竜女帝のことだろうか?

 湯気を上げた鍋を尻尾で掴んで味噌汁かっこむみたいに飲みおって、山菜はアンリシアが採ってきてくれたのよ。味を噛みしめろ。一万回くらい。


「でも、そんな状態で体は大丈夫なのですか?」

「あんらぁ、あなたは本当に良い子ねぇ。後でお姉さんが良いもの上げちゃう」

「そんなのはいいですから、是非とも赤ちゃんを抱かせてください!」

「え? ああ……そうね」

「…………」


 何か言いたげな竜の視線に私はそ知らぬふりをする。


(あなた、ちゃんと説明しなさいよ!)


 みたいな視線を断固拒否する。

 あんなに赤ん坊を見たがっているアンリシアに真実なんて言えるわけがない。

 ああでも……言わなかったらいざその時に彼女が失望するわけで、言わなくちゃいけないんだけど、そんな役を私がやりたいわけもない。


(というわけで、産む竜が言うべき。そうすべき)

(アタシだって嫌よ。あんなキラキラしてる目を裏切るの!)

(アンリシアが純粋で可愛いのはこの世の真理。だから私は知らなかった振りをする!)

(この、外道!)


「二人とも、どうしたの?」

「え? いいえ! なんでもないのヨン!」

「そうそう! なんでもない!」

「そうなの? なんだかとても息が合っているけれど」

「そ、そんなことはないんじゃないかなぁ?」

「ええそうね! そんなことはないわヨン」

「?」

「大したことじゃないから気にしなくても……う゛っ……」

「「え?」」


 首を傾げるアンリシアにドキドキしていると、いきなり赤竜女帝が赤い鱗の顔を青くした。


「ど、どうしたのですか?」

「う、産まれそうかも」

「ええ!?」

「ああ……来た来た来た来た」

「え、えええ……な、なにをすればいいんですか?」

「こういうときは……まずはお湯! お湯を沸かさないと! ……うん?」

「いや、お湯とかいらないから落ち着きなさいって、イタタタタタ」

「それなら、なにをすれば?」

「栄養はもらったし、黙って見ててくれればいいから」

「そんな……レイン、なにかないのかしら? レイン」

「…………」


 お湯って言ったところで気が付いた。

 なんか変なのが静かに近づいて来ようとしている。

 ずうっと私の間合いの外にいたくせにいまになって近づいてくる?

 もしかして、こいつが赤竜女帝を狙ってたなにかかな?


「レイン?」

「ごめん、ちょっと荒事片づけないといけないみたいだから、ここよろしく」

「ええ! ちょっと!」

「大丈夫大丈夫、その竜ってば経産婦だし」

「そんなレイン!」

「じゃっ! アンリはここから離れちゃだめだからね」


 そう言い残して私はそいつに向かって一気に距離を詰める。

 赤竜女帝が私たちと接触してからは一度も姿を見せなかったぐらいに慎重な奴だ。それなのに出てきたということは、こいつはこのタイミングを待っていたということになる。


「アンリの側で戦いなんかするわけにはいかないんだよね!」


【地王は舞台を求む】


 感知した気配の中心に即席の土塀で円を作る。


「っ!」


 行く手を遮られただけでなく頭上以外を防がれたそいつは驚いた様子で止まった。


「うえ、なにこいつ?」


 土塀の上に立った私はそれを見て呟いた。

 土塀の中心で行き場を失って震えているのは腐った獣の皮を被ったナニカだった。

 鹿やら熊やら猪に猿。山にいそうな普通の獣の皮を寄せ集めて表面を覆っている。つなぎ目や皮の目鼻口などの穴の開いた部分からは土気色をした肉が見えている。

 目は……ここからでは見えない。

 足もあるのかわからない。


「なんだこいつ?」


 こんなモンスターは見たこともない。


「きもい。燃えろ」


【焔の舞いは武を演ずる】


 焼き払うべく、炎の魔法を解き放つ。

 渦巻く赤い炎は獣の皮に覆われたナニカを包み込んだ。


「うん?」


 炎が去ればそこには焼け崩れた獣皮しか残っていない。

 これで終わったと思ったのに……違う。


 ゴワッという感触と共に足が掬われた。


「うわっ!」


 転げそうになるのをなんとか堪えたもの、周囲の地面が盛り上がり、魔法の土塀が崩れようとしている。

 素早くそこから退避し、なにが起こったのかを確かめる。


「うわ~お」


 なんと盛り上がった地面が人の頭のようになって私を見下ろしていた。

 がらんどうの目は怒っているようにも泣くのを我慢しているようにも見える。

 どちらであれその感情は私に向けられていた。


「ははっ……いいよ、かかって来なさい!」


 なんだかよくわからないが、こんなものをアンリシアの側には近づけさせない。

 挑発の意味を込めて、私は指を振って土巨人を招いた。



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