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 最近、変な夢を見る。

 レインを憎んでいる夢だ。

 なぜかわたしは王子の愛に縋っていて、魔女を憎んでいて、二つの理由からレインをひどく憎んでいる。

 レインがわたしの側におらず、王子の側にいるのだ。

 そのおかしさに気付くことなく、わたしの側がひどく寂しく感じるのを王子がいないからだと思い込み、レインを憎む。

 憎んで、暴走して、手を出してはいけないものに手を出して、そして化け物(モンスター)に変わってしまう。

 この世のものではない、何か恐ろしいものに変わってしまうという夢だ。

 そしてそんな化け物になってしまった私にレインが襲いかかってくる。

 あんなにも頼りにしていたレインの力が私に向けられる。

 その驚き、恐怖、悲しみ、怒り、混乱……わけがわからないまま私の命が終わってしまう。


「こんなこと、あるわけない」


 リヒター王子の婚約者になったけれど、彼を愛しているわけではない。恋をしているわけでもない。貴族なのだからそういうものなのだと割り切っているし、王子の側もそういう態度なのだと受け取っている。

 なので、彼がわたしの知らない魔女と仲良くしているからと言って、そのことに嫉妬を抱いたりはしない。

 そんなことよりもレインが側にいない方が辛い。

 レインに殺されそうになっていたことが怖い。

 なんでこんな夢を見てしまっているのか、そのことの方が恐ろしい。


「レインはわたしのことが嫌い?」


 そんなことはないと自信を持って言える。

 六歳の時に別荘の森で出会って以来、ずっと仲良しだ。

 レインがわたしを裏切るなんて考えられないし、その逆も当然。

 それだけは絶対にあってはならないし、あって欲しくない。


「最近、レインに会えていないから」


 きっとそのせいだ。

 レイン……。

 凛々しくて、可愛くて、そして気まぐれ……まるで猫のような存在。それが彼女だ。

 ああ、愛でたいなぁ。

 今日は学校を休んでレインの所にずっといようかしら?

 たまにはそういう日があってもいいわよね?



†††††



 さあ、今日も元気に忠犬レインちゃんの出動です。

 ……て、思っていたら使い魔からの情報でアンリシアがこっちに向かってきていると発覚。

 ポルルのお菓子とハーブティーでお出迎えをしなければ!


「レイン?」

「へい、いらっしゃい!」

「わっ」

「あっ! アンリ! いらっしゃい! どうしたの?」


 もちろん、知らない振りもちゃんとします。

 忠犬レインは影に生きるのだ。


「だってなんだか、いつもより声が大きかったから」

「あはは、ちょっと留守にしてたらお客を他の工房に取られたみたいだから気合を入れて接客してみようかと」

「ふうん。大丈夫なの?」

「まぁ、うちは基本、高かろう良かろう、なんだけどね!」


 回復薬の儲けなんて実はさほどでもなかったりする。

 というかうちってたまに高い物を買っていくお客さんからのお金は臨時収入扱いで、普段の儲けは主に他の工房に融通する薬草なんだよね。みんなレア薬草の栽培に失敗しているから。なんでだろうね、不思議不思議。


「それで、アンリは学校お休み?」

「うん。ちょっと疲れたからお休みさせてもらったの」

「それは大変。お肩でも揉みましょうか? お嬢様?」

「ふふふ、やめて」

「そう? 私のマッサージはすごいよ」


 新たに作った美容オイルを塗りたくりながらのマッサージで老廃物をこれでもかと絞り出し、なおかつ薬効を骨の髄まで染みこませるのだ。


「美容と若返りと疲労回復を兼ね備えた究極のマッサージを開発中なのだよ」

「それは……すごいわね」

「だからアンリも体験してみる?」

「手付きがあやしすぎるわよ」

「うひひひひ、お前も実験台にしてやろうかぁ?」

「もう」


 そんなやり取りで時間を潰していく。

 マッサージはできなかったけど気分を落ち着かせるハーブティーを用意したこともあって、ちょっと硬かったアンリシアの表情もすぐに柔らかくなった。

 やがて、うとうととし始めた。


「アンリ、眠い?」

「ぅうん。少し」

「大丈夫? 帰る? ここで寝ていく?」

「ぅっ……」


 あらら、これは本格的に疲れていたみたいだね。


「よしよし、ベッドに行こうか?」

「ぅん」


 もはやまともに考えられない様子のアンリシアをベッドに運んで寝かせる。リラックス効果のあるお香も焚き、ここぞとばかりに寝顔を堪能させてもらう。

 まったく飽きない。

 エンドレスに見ていられる。

 ビューティホー。

 尊い。

 そんな風にニマニマとしている間に幸せな時間は過ぎて行き、そして不躾なノックの音が時間の終わりを告げた。

 閉店にしておいたはずなのに、誰だまったく。


「お前がレイン・ミラーか?」


 ドアの向こうにいたのは武骨な衛兵のおっさんずだった。


「そうだけど、なにか?」


 普通に答えると衛兵たちが槍を向けてきた。


「貴様にはリヒター王子暗殺未遂事件の関与疑惑がある。大人しく縛に付け」

「なんですと?」


 衛兵の言葉に驚いていると、背後から悲鳴が聞こえた。


「レイン!」


 アンリシアが起きてしまった。

 ていうか、このタイミングでこれかぁ。

 一体なにが起きてこうなったのか。



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