08


 そういうわけで、やって来ましたマウレフィト王国の王都アルタンスール。

 旅人を受け入れる検問では子供の一人旅を疑われてフードを取らされたけど、魔女になったのでサンドラストリートに行きたいと素直に喋ると一発オーケー、衛兵の案内までつけてくれた。

 ゲームの時にはきれいだった王都も、現実の人はNPCよりもはるかに多いので雑多な雰囲気が強くなっている。

 そのためか、王都の道はわかっていたつもりだったけど衛兵の案内がなかったら迷子になっていたかもしれない。

 ともあれ衛兵さんのおかげであっさりと到着したサンドラストリートで、私は魔女の巣食うこの一画の深奥、サンドラ工房にいる。

 サンドラストリートはかつて存在した魔女サンドラが王との交渉の末にもぎ取った区画だ。なのでこの一帯を仕切る地位についた魔女は代々サンドラの名前と彼女の工房を継承する。

 その習慣から、ストリートの各所にある工房を継承することがエリート魔女の仲間入りを意味するようになるし、魔女になるような者はだいたい家名を持っていないので、工房名を家名代わりに使うようになる。

 という設定を思い出して、あれ、ということはゲームのレインって工房持ちでスタートするからエリート扱いだったのかな? ってなる。

 レベル1なのになー。


「とんでもない子が来たものだね」


 そんな物思いに耽っているとサンドラさんの声が聞こえた。

 そうそう。衛兵さんの口利きですぐにサンドラさんに会えることになったので、応接室みたいなところで待たされていたのだった。

 ドアの前に立っていた、いかにも魔女のおばあさんという感じのその方……サンドラさんはそう口にしてから私の前に座った。


「この辺りを取り仕切ってるサンドラだよ」

「レインです」

「いつからだい?」

「ええと、六歳の時に」

「はぁ、それで、いままでどうしていたんだい? 村で養ってもらえていたのかい?」

「いえ……母に助けてもらいながら森で暮らしていました」


 本当は私が両親を助けていたのだけど、隠し工房のことを喋る気はないので、嘘としてはこんなところかな。


「なるほどね。なら、その力は森で養ったのかい?」

「は、はい」

「それで、魔女の薬は作れるのかい?」

「ええと、少しだけなら」

「そうかい。それなら……」


 と、サンドラは隅っこに控えていた弟子の小魔女に指示して何かを持ってこさせる。


「これ、使えるかい?」


 持って来たのはトレイに乗ったちっちゃな魔女の鍋といくつかの薬草。

 こんなに小さくても初級の回復薬くらいは作れる。材料もそれ用だし。


「ええ、まぁ」


 これは試験だ。

 そんなことはわかっている。実力を隠すことも一瞬考えたけど、すぐに考えを改めた。

 本来のストーリーからとことん逆らってやるつもりだ。

 だから、何にも知らないレベル1の小魔女の振りもしない。

 サンドラも私がレベル1だなんて思ってはいないみたいだし、遠慮なくやってしまえ。


「…………」


 じっと見るだけで魔女の鍋に火が入る。

 クラフトをしているだけでレベル上げができるのは、それ相応の理由がある。魔女の工房にあるものは、全て魔女の魔力がなければ動くことはない。なので、そこにあるものをただ作っているだけで魔女としての能力を常に引き出していることになるので、経験値も手に入り、レベルも上がる。

 魔力を引き出すための集中も詠唱もなく鍋に火を入れたことで小魔女が驚いているけど、構うことなく薬草を投じる。

 魔女の魔力で通じ合った鍋の中は自由に動かせる内臓みたいなもの。そこにあるものを分解し、どの要素を利用し、どの要素を排除するかを決めて、融合させていく。

 傍らに置かれていた試験管みたいなガラス管を手に持って鍋の口に近づければ、完成した薬が浮き上がりその中に収まる。

 初級回復薬の完成だ。


「見事」


 ガラス管を渡すとサンドラはにやりと笑った。


「少しなんて嘘だね」

「ははは……まぁ」

「いいだろう。あんたはまだ小魔女だ。本当なら誰かに親をさせて色々と教え込まないといけないんだが。その必要はなさそうだし、無理に決まりに従わせようとすると親の方がだめになるかもね。だから、あんたの親はあたしがなる。とはいえあたしもまだ死ぬ気はないし、この工房を好きにさせていたら体面に問題がある。……たしか、ミラーの工房がいまは空いていたはずだよ。そこをやるから好きに使ってみな」

「ありがとうございます」

「後で他の連中にも紹介しないといけないから、呼んだ時にはちゃんと来るんだよ」

「はい」

「案内してやりなさい」


 その言葉でさっきの小魔女が案内をしてくれることになる。

 私はサンドラに頭を下げてから彼女を追いかけた。

 小魔女の背中を追いかける。私の目は彼女の衣装に向いていた。

 魔女はみんな黒い服を着る。それは小魔女……未成年の魔女も同じなのだけど、小魔女にはさらにもう一つ、決まっていることがある。

 それが、カボチャパンツだ。

 小魔女はみんなカボチャパンツを穿く決まりがあるのだ。デザインは自由だけどカボチャパンツとわかるものでなければいけない。

 なんでだよ! と思わずにはいられない。

 見る側としてならゴスロリチックなカボチャパンツはかわいいなで終わっていたけど、穿く側に回ってしまうと抵抗感がある。

 そうか、遂にあれを穿いてしまうのか。

 いや、色々と準備していたから、いまから縫ったりはしないけどね。最終戦も余裕でこなせるカボチャパンツをすでに用意してるけどね。

 最終戦も余裕でこなせるカバチャパンツ。

 なんだそのパワーワードは?

 そんなことを考えていると、どうやらミラー工房に辿り着いた。

 名前が違うからそうだろうなと思っていたけど、やっぱりそこはゲームの中でレインが使っていた工房ではなかった。

 地下に向かう階段を降りた先にドアがあり、そこを開けると埃っぽい空気に出迎えられる。

 蜘蛛の巣もあったりと、しばらく使われていないのがまるわかりだ。


「それでは」


 なんだかツンとした感じでサンドラの小魔女は去っていった。

 仲良くなる気はなさそうだ。

 いいけどね。


「とにかく掃除か」


 まずは妖精を召喚しないとね。

 私だけになったところで、召喚魔法を発動させて大量の掃除妖精を呼び出す。

 さあ、がんばってきれいにしてちょうだい。

 私? もちろん魔力以外はなにも出さないわよ!



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