第2話
当てもなく私は始まりの街アルカディアからフィールドを歩いていた。
周りではほとんど初期装備の初心者プレイヤーが必死にモンスターと戦っている。
レベルやスキル、ステータスの問題もあるけれど、始めたばかりもあって動きがぎこちない。
食らう必要のない攻撃を食らってるし、武器の当てる場所がダメすぎて上手くダメージを与えられていない。
「まぁ。最初はみんなこんなもんよね」
そう独り言を言いながら先へ進む。
このゲームの売りのもう一つはプレイヤースキル、つまりプレイヤー自身の腕前が実力に大きく影響すること。
最近のゲームは大体が高レベルで強い装備、これだけで無双できてしまう。
しかしこの【マルメリア・オンライン】はプレイヤーが上手く動ければ、高レベルや装備が上の相手にも勝てるのだ。
だからこそ、このゲームの攻城戦など対人戦で勝つことに意義がある。
強いということが、プレイヤースキルが高いと同義になるからだ。
「ん? あの人凄いな」
アルカディアから少し離れた場所、セボン草原でモンスターと戦っているプレイヤーに自然と目がいった。
装備からおそらく職業は騎士、アバターはドラゴニュートだ。
ドラゴニュートというのは近接職に人気の種族で、日本語では竜人と書く。
ドラゴンの顔と、体表が鱗で覆われているのが特徴だ。
似たような種族にリザードマンがいるが、そっちは完全に脳筋。
ドラゴニュートはエルフなどに比べると劣るが知恵もそこそこだ。
さらにレベルが上がると種族固定スキル【ブレス】が使えたりと、優遇されている。
その代わり他に種族に比べてレベルアップが遅いなどのデメリットもある。
そんなプレイヤーがゴブリンと一人で戦っていた。
この辺りはまだソロプレイヤーも多く、一人で狩りをするのは珍しいことではない。
ゴブリンというのは亜人種族のモンスターで、大きさは人間の子供くらい。
同じような大きさである私の種族のノームと違い、顔は痩せぎすで大きな目玉と尖った鷲鼻が正直醜い。
モンスターの強さとしては初心者には少し辛い程度。
これを問題なく倒せるようになったら、初心者卒業と言っていいかもしれない。
「はっ!」
ドラゴニュートの彼は持っている槍を一閃。
綺麗な弧を描いた刃先は、寸分違わずゴブリンの肩から銅にかけてを袈裟斬りにする。
後方から襲ってきた棍棒を持ったゴブリンの一撃を、振り向きざまに柄で弾く。
さらに勢いを殺さぬまま遠心力を乗せ槍を振った。
哀れなゴブリンは胴体を真っ二つにされ、息絶えた。
ここまでの動きがあまりに洗練されていて、私は思わず見入ってしまった。
ふと頭に上に目を向ける。
名前は【セシル】、レベルはまさかの5。
そのレベルだと普通はパーティを組まないと辛いはずだ。
でもセシルは上手く敵の攻撃を受け流し、そして的確な攻撃でゴブリンたちを倒していく。
「あ。レベルが上がったみたい」
初心者の頃はとにかく簡単にレベルが上がる。
やってみて分かったけれど、レベルが上がるというのは凄く嬉しい。
だから初めの方は簡単にレベルが上がるようにして、『気持ちよさ』というのを与えるんだとか。
それにハマれば、高レベルの時間のかかるレベル上げも苦にならないとかなんとか。
いわゆる依存性の作り方を聞いてるみたいでちょっと怖い。
と、考え事をしていたら、セシルは先へ進んでしまっていた。
興味を持った私は、そのままついて行くことにした。
いくら非戦闘職の私でも、この辺りのモンスターなら放っておいても問題にならないから、邪魔はしないだろう。
「はぁっ!!」
この辺りはゴブリンよりも少しレベルの高いゴブリンファイターが出てくる。
持っている武器も木の棍棒ではなく粗末だが金属製の剣になる。
セシルは目の前のゴブリンファイターの手に素早く一突き。
痛みに武器を落としたゴブリンファイターの喉元目掛けて、引き戻していた槍を真っ直ぐと突き出す。
さらに襲ってきた大振りの一撃をサイドステップで避け、すれ違いざまに脇腹を柄で突く。
バランスを崩した隙をついて、バトンのように手首の捻りで回転させた刃先で脳天から切断した。
次々に積み上がっていくゴブリンファイターたちの死体とドロップアイテム。
センシティブエフェクトを最低にしているから見た目の問題はないので、ただただセシルのプレイヤースキルの高さにみとれていた。
『グァアアァァ!!』
「きゃあ!?」
セシルにみとれていたら、後ろからモンスターが来ていたことに全く気付いていなかった。
ゴブリンを三倍ほどに大きくしたような巨漢のモンスター、オーガだ。
ゴブリンが小鬼なら、オーガは鬼。
頭には二本の短い角が生えて、大きく裂けた口からは鋭い牙が見えている。
見た目も恐ろしいこの辺りのボスモンスター。
適正レベルならパーティを組まないと倒せないほどの相手だ。
まぁ、私にとってはゴブリンとそう変わらない。
声を上げたのは単にびっくりしただけ。
「女の子!? 危ない! 今助ける!!」
「え?」
ところがセシルはそうは思っていなかったらしい。
あろう事か、私が襲われていると勘違いして助けに向かうと、こちらに駆け寄ってくる。
いやいやいや。
いくらセシルがプレイヤースキル高くても、ものには限度ってものがある。
ゲームはゲームなのだから、いくら多少の差はプレイヤースキルで埋められると言っても、ステータスが大きく違えばそれも難しい。
案の定、セシルが切り付けた傷はみるみる間に塞がっていく。
攻撃力が低く、十分にダメージを与えられていない時に見られる現象だ。
初めて見るのか、驚きに目を見開くセシル。
しかし直ぐに平常心に戻り、迷うことなくスキルを使った。
おそらくあれは槍の基本スキル【三段突き】。
素早く三回強力な突きを放つ。
しかし致命傷には程遠い。
攻撃を受けてヘイトがセシルに向かい、オーガは持っていた人の大きさ程もある木の棍棒を、力任せに振り下ろす。
あまりの速さに避けることが出来なかったのか、槍を横にして受けようと頭の前にかざした。
しかしレベルの差からくる力負けを起こし、武器を吹き飛ばされバランスを大きく崩す。
今の一撃で既にHPもかなり減っているようだ。
そのまま体当たりをかましてきたオーガに吹き飛ばされ、セシルは地面に横たわった。
さすがにこのレベル差をプレイヤースキルだけで埋めるのは無理がある。
「まぁ、しょうがないわよね」
「くっ……まだだ……早く、逃げろ!!」
てっきり死に戻りでアルカディアに戻るかと思ったけれど、あろう事かセシルはその場で復活した。
このレベルで復活薬を手に入れるのはまず不可能、ということはチュートリアルの終わりに報酬としてもらえるアイテムを使ったということ。
復活薬の種類はいくつかあるけれど、一番安い【蘇生薬】でも中級者レベルの装備が買えるような値段だ。
イベントアイテムなので売ることは出来ないが、価値としてはこんな所で使うには勿体なさすぎる。
「すまない。俺にはまだこいつは倒せないみたいだ。でも、俺がこいつを引きつけるから、その間に君は逃げてくれ!!」
「え……?」
勝てないと分かったのなら、復活などせずに街に戻ればいい。
それをしなかった理由が私を逃がすため?
ちょっと待って!
なにこれ、この人カッコよすぎじゃない?
ゲームなのだからなんて無粋な話は無し!
話で聞いたとかなら私も、ちょっとおバカなのかな? なんて思ったりもするかもしれない。
でもでも! 実際に自分がやられると普通に嬉しい。
がぜん応援したくなっちゃう。
「えぃ!」
私をオーガから庇うように立つセシルに向かって、私は後ろから薬を投げ付けた。
これは【薬師】のスキルで、その名も【ポーションスリング】。
直訳すれば薬投げ、つまり自分が持ってる様々な薬を味方に投げることができる。
普通は自分が持っている薬を自分が使うだけだから、【薬師】だけに許された特権だ。
厳密にいれば下級職の【調合師】のスキルだけれど。
ただ、【薬師】にはすごいパッシブスキルがある。
それは【薬の知識】。
なんとこのスキルを持っているプレイヤーが薬を使うと、効果や持続時間が二倍になるという優れもの!
私はユースケにあげるために作った強化薬を、惜しむことなくセシルに使った。
「な……何をしてるんだ? なんだ? これは……」
「素敵なお兄さん。今投げたのは強化薬と言って、一時的にステータスを底上げする効果があるの。時間がそんなに持たないから、急いで!!」
私の言った言葉が上手く伝わったか分からないけれど、さっきよりオーガの動きが緩慢になったのに気付いたようで、セシルはすぐさま攻撃に移る。
このゲームはプレイヤーのステータスで相対的に相手が遅くなったり攻撃の衝撃が減ったりする。
「なんだか分からないが、負ける気がしないな! 行くぞ! 今度地面を舐めるのはお前の番だ!!」
セシルは叫びながら槍を構えて、オーガに突進していった。
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