僕の中に知らない誰かの夢を見る

天海

第1章 神隠し

第1話

 夜闇に紛れて人を喰う異形のもの。

 この国ではそういったものを【妖怪】と呼び、古より恐怖の対象として扱っていた。


 だが、現代ではそういったものの正体は既に暴かれており、例えば身体に先天性疾患をもつ人間、例えば異邦人、例えばただの動物、例えば気が触れた者の見た幻覚や狂言、例えば子供や外部の人間を特定の場所へ近付けない為につかれた虚言、例えば自然現象の一部。そんな諸々の要因を一纏めにしたもので、妖怪などは実在しなかったものだと考えられているのが現状だ。

 余程オカルトに傾倒している人間以外は、現在ではその存在をないものとして考える人間が大多数。夏場、頻繁にテレビ番組で特集を組まれ、恐怖や悲壮感を煽る存在として扱われる幽霊と違い、どこか現実味のないものとして扱われるもの。

 それが、現在での【妖怪】という存在だ。



 だが、僕達はその妖怪を視認できる。

 

莉花りか、右!」

「任せて」


 そして、僕達は妖怪に触れることも、殺すことも出来る。


あおいちゃん、悠真ゆうまちゃん!」


 山の麓にあるこの町は、少しでも西に向かうと家屋は姿を消し、景色は一面木々に変わってしまう。

 そんな木々による視界の阻害をものともせず槍を構え、果敢に妖怪の群れの中に突っ込んでいた恵梨えり姉さんは、己の右側から襲い来る妖怪を莉花りか姉さんに任せ、此方に顔も向けずに名前だけを呼んだ。それが、僕達への合図だ。

 彼女の視線の先からは、他の妖怪より一回りは大きく、頭に二本の角を生やした鬼のような形相の妖怪が、猛烈な勢いで此方へ突進してくるのが見える。ギラギラと殺気立った目を向け、僕達の血肉や魂を狙って醜く舌を出し、口から唾液を滴らせているこいつこそが、この場所で最も力を持っている妖怪だろう。

 不規則に大きく揺らすその腕を狙い、僕は矢を放つ。ただの矢ではない特別な力を籠めたそれは、敵の腕を吹き飛ばし絶対に僕の狙いから逸れることはない代わりに、一発ごとに僕の力を奪う。


 そんな三本目の矢が妖怪の脚に当たる寸前、僕の背後から飛び出すように一人駆け出した。


「いけるのか!?」

「問題なーし、みんな離れてろよな!」


 僕の声に応えると、まるで藁人形でも斬るかのように軽々と悠真ゆうまは刀で大きな妖怪の左腹から右肩に向かって大きく敵を切り裂く。更に、その身体を貫くように鋭く足元の地面が隆起し妖怪を串刺しにしてしまった。勿論これは自然現象などではなく、悠真が意図的に起こした現象だ。

 絶命した妖怪からは激しく血が噴き出てその場を赤く濡らすが、次の瞬間には妖怪の亡骸ごと全て消えた。それを確認するとほぼ同時に、他の妖怪達も姿を消す。

 逃げたのではない、文字通り存在が消えたのだ。



「ふたりとも板についてきたね、いい感じだよ」


 ほんの数秒前まで妖怪と血生臭い戦いを繰り広げていたとは思えないほど快活な笑みを見せながら駆け寄ってきたのは、僕のはとこで一歳年上の錫久名すずくな恵梨えり。僕ら四人を纏めるリーダーであり、三年前からこんな妖怪退治をたった二人で続けていた人物だ。

 彼女は槍の扱いに長けており、純粋な戦闘技術、実力、踏んだ場数の多さで敵う人間はこの場にいない。その一つに纏めた朱色の長髪が戦いで目立つことを本人も分かっているらしく、敵の目を引く為に先陣を切る事も多い。

 とはいえ、決して無謀というわけではなく、それは実力に基づく自信から来る行動だ。姉さん自身は快活かつさっぱりとした性格で責任感も強い。その実力を含め信頼に足る人物であるし、僕では武力的にも精神的にもまだまだ敵わない。そういう敬意の念を込めての、「姉さん」なのだ。


「それほどでもあるけど、恵梨姉えりねえにはまだまだ敵わねーぜ」

「そう簡単に追い抜かれたら、あたしの立場がないじゃん!」

「そりゃそうだ!」


 そして、恵梨姉さんと笑い合い目立つ明るい金の髪を揺らしているのが、僕と同時に妖怪退治に加わった、はとこの錫久名悠真ゆうま。こっちは僕のひとつ下で、今この場にいる四人の中では最年少だ。

 悠真は冗談とはいえ自慢げに胸を張るに相応しい程、戦いへの順応が早かった。立ち回り、敵の気配の察知、行動の予測、予測から対応までの早さ。全てにおいて順調過ぎるほどに身に付けており、姉さん達からの評価も高い。先刻の戦いですら、確実に止めを刺せる状況を見極めた上でこちらの消耗も抑える配慮をしていたのだから、気付いた瞬間に思わず感嘆を漏らした程だ。

 最もリーチの短い刀を使い、時に敵の懐に飛び込まなければいけない危険な役割は、悠真のような戦闘の天才でなければ務まらないのだろう。そういうところは、年下ながら純粋に尊敬出来る。


「あれだけ動いたのに元気よね。みんな、力の消耗は明日に響かない程度に抑えてる?」


 戦い終えた直後故の興奮から抜け出せずにいる二人に、そんな言葉を投げながら優しく微笑んでいたのが、恵梨姉さんと二人きりで三年間戦っていたもう一人のはとこ、錫久名莉花りか

 彼女は恵梨姉さんと同い年で、恵梨姉さんと並び場数、技術、覚悟の面で誰も敵わないと思わせる凄みと、恵梨姉さんとは違った優しさを持つ人だ。姉というよりは、母性のようなものを感じなくもないが、そう感じる明確な理由は僕にもよく分かっていない。

 ただ、ひとつだけ確かなことを挙げるのであれば、莉花姉さんもまた薙刀の扱いでは右に出るものがおらず、その広い攻撃範囲と判断力で多くの戦いを乗り越えてきた人だということだ。恵梨姉さんとの連携は、まさに阿吽の呼吸と称するに相応しい。それに、派手な赤髪の恵梨姉さんと、落ち着いた緑がかった黒髪を流す莉花姉さんの二人は、並んでいるだけで絵になる。所謂、自慢の姉達だ。


「問題ないよ」

「あたしも~」

「じゃあ、帰りましょう。あんまり気を緩めると、見つかっちゃうし」


 各々得物を一瞬で片付けると、まるで戦いなどなかったかのように穏やかに雑談しながら帰宅するのが、最近のお決まりだった。

 多くの人のという親戚関係がどんなものかは知らないが、僕らは物理的にとても近しい関係のため実の兄弟同然に交流があったし、幼い頃から仲が良い。戦いさえ終われば、そんな幼少期を思い出すように皆が皆無邪気にはしゃぎ出すものだから、子供の頃の遊びの延長線上に現状がある気になってしまいそうになる心を引き締めながら、その場を後にしようとしたその時だった。


「……碧、大丈夫?」

「あ、うん。大丈夫だよ、今行く」


 町の西に佇む大きな山は、昔からほぼ変わらずにその姿を保っているらしい。

 月明かりに浮かぶ人の住んでいないその山から、何らかの気配を感じた気がしたが、その時の僕にはその正体は分からなかった。

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