宿題戦争と「最強の先輩」

 


 そんな恥ずかしいことがあって約1週間後。私は塾に行くことが恥ずかしかったが勇気を出して塾に赴いた。Z先生の授業があったので赴きざるを得なかった。


 Z先生と対面してから、私は早速Z先生のことを責めた。


「先生、昨日はなんてことしてくれたんですか?」


「え?宿題渡しただけじゃん」


「まじで塾長先生に宿題渡すなんて全く思ってなくてめっちゃびっくりしたんですけど。いつもは冗談ばっかでしたし」


 そう言うとZ先生はくしゃっと笑った。


「あー、あれかー。だってあまりにもD村氏が宿題受け取ろうとしないから」


「めっちゃ恥ずかしかったんですよ、こっちの身にもなって下さい!Z先生だったらどう思いますか?」


「え?別にどうも思わない」


「だってZ先生だって宿題嫌な時期ありましたよね?」


「いや、ないかな。俺、宿題ちゃんとやってきたから」


「嘘!?」


「本当だよ。俺が問題児だったとかでも言いたいのか!」


「はい」


 正直に思ったことを口にするとZ先生は再びくしゃっと笑い、すぐに血相を変えて


「うわ、まじ、最低!」


 と言い出した。


「だって先生、なんかすごい反抗グループとかの中心にいそうなんですもん!」


「俺?なんかD村氏の俺のイメージ、悪すぎない?」


「いえ、本当のことですから」


「俺さー、そーゆーの傷つくんだけど」


 と言いながらも顔は笑っていた。


「絶対違いますよね!何とも思ってなさそうです!」


「いや、まじだから!」


 2人で声を出して笑った後、Z先生の表情は即真顔になった。そして、


「はいいきまーす」


 と言って急に授業が始まった。

 当時、空気を読むのが早かった私は素直に


「はい、やりましょう」


 と言って真面目にテキストを開いた。これは中3までの話。



 そしてしばらく私は真面目にZ先生の授業を受けた。


 しばらくは。


 授業が終盤に差し掛かった時、再び宿題戦争が始まった。


 全てはZ先生が私に宿題のプリントを渡すと言ったことから。


 宿題戦争は、大抵Z先生が宿題の話題に触れると始まる。


「それじゃ、宿題刷ってくるわ」


「え?宿題?」


「そう、しゅ・く・だ・い」


「知らないです、そんなの。宿題って何ですか?」


 とりあえずとぼける。それで宿題を出す時間がなくなるように話題を逸らそうとした。


「それはやばい。お姉さん、常識だよ、常識」


「宿題って美味しいんですか?」


「うん、美味しいよ」


「絶対嘘ですよね」


「じゃあなんで不味いってわかるの?ねえ?ねえ?宿題って言葉知らないんじゃないの?」


「はい。でも、言葉の響きから宿題って美味しくなさそうなんですよね」


「何言ってるかわからないわ、この人」


 呆れながら笑うZ先生。


「わかってもらわなくて結構です」


「あー、そ。じゃ、宿題ってどういうものか刷ってくるわ」


「いや、いいですから!」


 と言っても時すでに遅し。Z先生はすでに席を離れていた。


 また、今日も戦争か。でも楽しいからいいや。

 いつしかZ先生との宿題戦争を楽しむ様になっている自分がいた。

 宿題が嫌とかどうでも良くなっていた。Z先生と話す話題があればそれでいい。

 

 宿題のプリントを片手に再び教室にやって来たZ先生。


 いつもなら


「はい、宿題ねー」


 と言うZ先生だったが、この日は違った。


 何も言わずにそのまま宿題のプリントを私の机に放り込んだのだ。


「ねえ!先生!卑怯ですよね!」


 私はすぐに宿題をひっつかんでZ先生に返そうとしたが、Z先生は素早くそれを自分の腕で阻止した。



「卑怯じゃないよ、宿題渡しただけだし」


「いらないって何回言えばわかるんですか?」


 そう言ってなんとか硬かったZ先生の腕を上手くどかし、Z先生の所にプリントを押し付けた。


「じゃあ、塾長かな?」


「いや、それはさすがに・・・」


 あの日を思い出して、私は苦い気持ちになった。Z先生がにやりと笑った。


「でしょ? だからちゃんと受け取った方がいいって!」


「だから嫌なんです! あ、わかりました」


「おお、ようやくわかってくれたか」


「100年後の宿題でいいです!」


 予想外の発想を口にしたことにZ先生はかなり困り顔をしていた。


「いや、それ俺絶対生きてないじゃん!」


「はい、私も多分生きてないです。114歳なんで」


「じゃあ無理じゃん」


「天国で出せばいいんです」


 さっきから変な顔をする私に対して、Z先生は完全に呆れて首を振った。顔は笑っていたのだが。


「何を言ってるのかよくわからないわ、お姉さん」


「そうですか?妥当だと思うんですけど」


「全然妥当じゃないから。ってほら!宿題!塾長いやならじゃあA先生だな!」


「A先生も嫌です!」


「でしょ? だから今ちゃんと受け取っちゃえばいいのに」


「だから100年後の宿題なら受け取りますって!」


「どう考えても無理だろ!」


 そう言って再び机に投げ込もうとしたが、今度は私がZ先生の腕を掴む番だった。

 数秒間だけ阻止することは出来たがZ先生の力には敵わなかった。

 勢いよく私の掴んでいる手を振り解かれ、プリントは私の机に投げ込まれた。


「いらないです!持って帰りませんからね」


 そう言って宿題のプリントを完全に机の上に放置した。


 Z先生は何も言わない。


 やっと私の気持ちを理解してくれた!


 のかと思いきや・・・


「じゃあ、いいもん。A先生に渡してもらうから」


 ・・・逆に新たな切り札が加わった。


 私がまたZ先生の服の裾を掴んでも無駄。Z先生は笑いながら私の手を振り解いた。


 どうしよう、今度はA先生じゃん。絶対引かれるって。


 心配も束の間、すぐにがっかりした顔のZ先生は帰ってきた。


「A先生、今日休みだってよ」


「やった! じゃあ・・・」


「でも最強のボスがいるから」


 また塾長って言い出すんだと思っていた。・・・が


「Eくんだ」


「誰ですか?」


「Eくんだよ、あれ?一緒に授業受けたことないっけ?」


「ないです」


 A先生の授業騒動の時の少年だとは、最初思っていなかった。私はEくんのことをすっかり忘れていた。


「まあ、見ればわかるよ」


 その直後、授業は終わりを告げた。

 私は慌てて宿題以外の教材をリュックに詰め込もうとした。


「ほら!嫌だったら受け取って下さい!」


 Z先生は机の上に放置されていたプリントを片手で引っ掴むともう片方の手で私がリュックを閉めない様に阻止し、そこに宿題を突っ込もうとした。


「やめて下さい!」


 必死で私はリュックを閉めようとする。それでも押さえきれずにZ先生がリュックに宿題を突っ込もうとした瞬間、勢い余って私は再びプリントを床に叩きつけてしまった。


「あーあ、じゃあもういいよ!」


 そう言うとZ先生は教室を出て行った。


 あ、Z先生怒っちゃったかな?でも、いいや。放置して帰ろう。



 Z先生の後を追って教室を後にしようと半開きのリュックのチャックを閉めようとした時。


「あ、紙を落としましたよ?あんたのでしょ?」


 見覚えのある少年が教室に現れた。Z先生とつるんでいた少年だ。


「え?」


「ほら、これ、落としましたよ」


 そう言うと少年は床に放置してあったプリントを拾い上げた。

 そしてあろうことか、彼は赤の他人のリュックサックにプリントを半強制的に突っ込んで逃げて行ったのだ。


 念のため突っ込まれたプリントを確認してみると、間違いなくさっきZ先生が私に受け取らせようとしたプリントだった。


あの子がEくんか!


 私はそのプリントを丁寧にZ先生が座っていた椅子の上に置くとすぐに教室を出て行った。


 廊下を通って受付のそばまで行くとZ先生がさっき私のリュックに宿題を突っ込んだ少年「Eくん」とつるんでいた。


「あ、宿題ちゃんと受け取った?Eくんから」


「はい、受け取りました」


 もちろん、大嘘。にも関わらず、Z先生は完全に私のことを信じ込み、完全に勝ち誇った顔をしていた。


「やっと受け取ったかあ。さすが俺の先輩だよ」


「え?先輩ですか?」


 何を言っているのかよくわからなかったので、私はもう一度聞き返した。


「そう、この人、俺がここの塾に来る前からずっといたから」


「Z先生、ここに来て何年なんですか?」


 気になったのでZ先生に尋ねた。


「俺?去年の夏あたりにここの塾に来たから・・・1年くらいかな?」


「私は来てからまだ半年です」


「そうだよね、それくらいだよね。このお兄さんは俺以上にここにいるから。だから先輩なの」


「そうだよ、俺は先輩なんだ、こいつの」


 そう言って小さいながらにEくんはZ先生と肩を組んだ。


「だから、俺、Eくんに敬語使わないとだめかなあ?」


「俺は別にいいよ、タメ口でも」


「ああ、そうですか、先輩。お姉さんもこの人のこと、先輩って呼ばないとだめだよ」


「そうだぞ、おらあ」


 失礼な子だなあと思ったものの、不思議とこの子のことを毛嫌いしていた訳ではなかった。


 もしかしたらこの頃からタメ口を使う人嫌いが薄れていったのかもしれない。


「はい、わかりました」


「ってほらEくん!次授業でしょ?早く準備してよ!」


 後ろめたさを感じている私に、2人に構ってる暇などなかった。


 私はZ先生に宿題を置いて行ったことがばれない様に早く逃げようとした。そして私は兄弟の様な2人組と別れ、塾を後にした。






 



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