あみだくじで決まった国語の先生
長らく私は国語の先生を選ぶことに悩んでいた。
私には2人の先生の候補があった。A先生とO先生。
O先生と出会ったのは、Z先生拉致事件あたりの時期にさかのぼる。
O先生とは日曜日の授業で出会った。
何回か自習室を使いに日曜日に塾に来たことがあるが、日曜日の授業は初めてだった。教室に入ってみると、日曜日と言うだけあって来ている生徒もだいぶ少なかった。いつもよりも教室から聞こえてくる声も小さい。
受付にいたのは珍しく塾長先生、ただ1人だけだった。
「こんにちは」
と笑顔で挨拶をされ、はにかみながら「こんにちは」と挨拶を返した。
「Z先生の授業かな?」
「いえ、今日はO先生です」
日程表に刻まれて名前を覚えていたので、その先生の名前を口にした。
「ああ、O先生ね」
「はい」
「O先生はあそこだよ」
「あ、ありがとうございます」
「一緒についてってあげるね」
そう言って教室に案内された。
案内された教室には小学校の女の子に勉強を教えている可愛らしい女の先生の姿があった。
この人が、O先生か。可愛いなー。
心の中でO先生に惚れ込んでいる私がいた。
「こんにちは、はなこちゃんだよね?」
「はい、そうですー」
塾で初めて下の名前に「ちゃん」付けで呼ばれた、
「親しみを込めてくれた」と捉えた私は嬉しさを感じた。
「今日はよろしくねー」
「はい、よろしくお願いします!」
考えてみれば、女子校に通っている私のはずなのに夏期講習の間、塾で女子と話をしたのはO先生が初めてだった。久しぶりに「女性」と話すことに違和感を感じた。
「今日は国語だね。じゃあ、やりますか」
「やりましょうか」
「今日暑いねー」
「ですねー」
「昨日台風来なかったよねー」
「そうでしたねー」
なんだこの小動物と話している様な感覚は。
可愛い。可愛すぎる。
私は他愛のない会話をO先生としているだけでどんどん癒されていくのを感じた。
塾で初めてした女子トーク。
私はかなりの世間知らずだったため、O先生に教わったこともある。
「はなこちゃんさー、第1ボタン閉めてて暑くないの?」
「え?第1ボタン・・・ですか?」
確かに私は普段、ボタン付きのシャツを着ている時は必ず第1ボタンを閉めていた。それが普通だと思っていたから。でもOさんにとってそれが不思議でしかたがなかったようだ。
「なんか苦しそうって言うか・・・」
「苦しくはないですよ。いつも第1ボタン閉めてるんで」
「そうなんだ。すごいね」
そう言ってO先生は笑ってくれた。そしてその後も丁寧に国語の解説をしてもらい、その度に私は癒されていた。
そしてそんな感じで授業も終わりを迎えた。
今日の先生、小動物みたいで可愛らしい人だったな。
癒やされた余韻に浸りながら帰宅した私。
あれからずっと別の先生の授業を受けるかどうかで悩んだ。
しかし、Z先生と相談をした結果、結局2人の先生から国語の先生を選ぶことに決めた。全く、Z先生に拉致されたあの日は結局なんだったのだろうか。
お盆で塾が休みになる直前まで、ずっと悩んでいた。A先生にするかO先生になるか。何せ、どちらの先生も気に入っていたから。
ミステリアス系なA先生か、癒しのO先生か。どちらの先生になったとしても、きっと後悔するんだろうな。片方を選ばなかったことを。当たり前のことだ。でも、1人しか決めることはできない。
毎回、家族に話す話題といえば、
「国語の先生、どっちがいいと思う?」
だった。
そして決まって「
あなたのの好きな様にすれないいんじゃない?」
だった。
確かに自分のことなので当然といえば当然のことである。がその反応に困ってしまうほど、私はどちらの先生も良いと思っていたのだ。
ずっと悩んでいた時、発想の天才である姉が幼い姪を連れて家にやって来た。
姉なら的確な選択を知っているかもしれない。
そんな希望を胸に私は姉に相談をすることにした。国語の先生を選ぶことで迷っていること、片方はミステリアス男の先生でもう片方は癒し系の女の先生であること、どちらの先生も気に入ってしまったこと・・・。全てを姉に打ち明けた。姉は熱心に私の話に耳を傾けてくれた。
そして姉は、
「それは困ったねー」
と言ってしばらく考え込む表情をしていたが、やがて面白そうなことを思いついた表情に変わった。
「じゃあ、あみだくじで決めよう!」
「へ!?」
「発想の天才」らしい発想だった。
私は最初、姉のぶっ飛んだ発想に驚いていた。
が、すぐに私はその案を気に入り、
「いいね!やろう!」
と即答した。
しかし、ここで小さな問題が発生する。それは、当時の私は「あみだくじ」というものを知らなかったのだ。
「あみだくじって何?」
とはてなマークが私の頭の中に浮かんだので、すぐに姉にぶつけた。
私が世間知らずであることを知っていた姉は驚いた顔一つもせず、
「私が作って見せてあげるよ!」
とだけ返してくれた。ここで小さな問題はあっけなく消えた。
しばらく姉は悩む様子を見せながらも、一生懸命紙に沢山の線の様なものを書いていた。
そしてついに完成した様だ。
「出来たよー、はなこ」
幼い姪の相手をして待っていた私は姪の面倒をを祖母に任せ、姉の横に座った。
紙にはいくつもの選択肢が書かれており、結果がわからない様に下の方を折って隠されていた。
「ルールは超簡単。はなこが好きな所を選んで、ペンで線を辿るだけ。じゃあ、はなこの好きな箇所を選んでごらん」
そう言って、姉は私にペンを渡した。
姉に言われた通りどこを選んだのかは忘れたが、自分のピンと来た箇所を選んだ。
そして自分が選んだ線を辿ってペンで上からなぞる。
ついに私のなぞった線は結果が隠された所まで来た。
「出来たよ」
そう言って深呼吸をする。ただのあみだくじかもしれないが、私にとっては国語の先生が決まる大事なものだった。
「おっけー。じゃあ開くよ。いい?」
姉に確認され、私は緊張しながら
「うん、いいよ」
とだけ答えた。
姉が結果を開いた。結果は
男の先生
と書かれていた。
「・・・ってことは、A先生ってこと?」
「まあ、そう言うことじゃない」
私の決心は完全に固まった。
これは神様が導いてくれたことだ。
だから私はその場で宣言した。
「私の国語の先生は、A先生にします」
確かにかなり適当な決め方だ、と思う人もいるかもしれない。
でも、かなり悩んでいてなかなか決まらなかったことなので、この方法を取ったことは、むしろ当時の自分からすれば得策だったのだ。
「よし、じゃあもう決めた。私、A先生にする」
その翌日、塾に来たZ先生に結果を報告することになった。
「国語の先生、どっちにするか決めた」
「はい、決めました」
「あ、そう・・・で、国語の先生どっちにした?」
受付に来て早々にZ先生に聞かれた。
「どうする?面談室で言う?それともここで決めちゃう?」
「面談室でなくても良いですけど、プライバシーなことなので、教室で言ってもいいですか?」
「ああ、いいよ」
そしてZ先生と私は授業の教室へと移動した。
移動して早々、再びZ先生に
「で、どっち?A先生?O先生?」
と大きめの声で聞かれたので、
「名前、言わないとだめですか?」
と私も聞き返した。
「いや、じゃあ、俺が名前見せるから上か下か言って」
そう言ってZ先生は白い裏紙に、上にA先生、下にZ先生の名前を書いた。
そして黙ったまま私に白い紙を見せた。
私は何故か緊張しながらも、
「上で」
と答えた。
「わかった」
無表情のままZ先生は「上」に丸をつけ、教室を出て行った。
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