不思議な夢

 過酷な合宿が始まった。

 運動が好きな人ならまだしも、運動音痴が異常値を超えている私からすれば、

二泊三日の合宿は地獄そのものだった。

 朝早くから、合宿で使う荷物をバスにつめる、という重労働が待っており、

バスに乗ってからも気は落ち着かずにいた。


 合宿場に着いてからが地獄の始まりだ。

長距離マラソンや腕立て伏せ、リレーにドッチボール。

周りの皆は楽しそうにこれらのメニューに参加していた一方、私はというと皆のテンションについていくのに必死で、合宿初日が終わる頃にはすっかりへとへとだった。


 体力づくりが終わった後も地獄はまだ終わらない。いや、この二泊三日が終わらない限り、私からしたら全てが地獄だったのだ。


  使った道具の片付け、お風呂、夕飯、就寝前の身支度。

  合宿で行うことすべてに「集団行動」というものが課されていた。

  正直、私は集団で行動をする、ということが大の苦手だった。

  一日中集団行動をするストレスで初日から早くも「帰りたい」と一人切望していた。

 

 合宿場の部屋割りは先生が決めていた。運悪く、自分の友達が同じ部屋になることはありえないことだった。

 

 仲のあまりよくない、もしくはあまり喋ったことのない友達5、6人と一緒に行動を共にし、ようやく就寝時間になった。

 

 合宿場には真新しいベッドがある。それだけが唯一の救いだった。

 

 それでも幼い頃からあまり寝つきがよくなかった私は2時間ほど眠気の来ない時間が続いた。皆の寝息が聞こえる中、私はただ一人、ずっと天井を見つめてぼんやりと考え事をしていた。





  気がついたら私はどこか知らない場所のベンチに座っていた。

  

 辺り一面に緑が広がっている。

 見上げてみれば巨大な木が日傘代わりに私を暑い日差しから守ってくれていた。

 

 ーあれ、今日は合宿中のはずなのに、どうしてー


 辺りを見回すと全く知らない人たちが私の前を通り過ぎていく。


 子供たち、親子連れ、若い集団、カップル、お年寄り。あらゆる人たちが楽しそうにしているのだ。目の前には大きな遊び場があって、子供たちが滑り台を滑っていた。


 

 ようやく、ここで私は公園にいるのだと気がつく。

 

 でも、一緒にいた私のクラスメイトたちはどこにいるのだろう。

 ずっと一人でいるんじゃなくて、誰かクラスメイトの一人でも探さなくては。

 

 ベンチを立ち上がり、木陰から出る。

再び辺りを見回してみたが、見覚えのない場所だった。


 目の前にあった遊び場に向かって歩き出そうとした。


 


 ちょうどその時だった。


 ふと、遊び場から視線を逸らした時、見覚えのある男性が目に写った。

 

 背がすらりと高く、ほっそりした体型。柔らかい顔立ちの青年。


 それはZ先生だった。


「・・・先生!」


 気がついたら遠く離れた所で立っているZ先生に向かって駆け出していた。


 驚きもせず、にこにこしながらZ先生は立って待っていてくれた。


「・・・なんで・・・ここに・・・先生・・・」


 私は驚きのあまり、声が途切れ途切れになってしまう。Z先生に会えて嬉しい反面、なぜZ先生がここにいるのかと動揺している気持ちもあった。

 

「見つけちゃったんだよ」


 そう言って優しく微笑むZ先生。今までみたことがないくらいの優しい笑顔だった。


「先生・・・」


 Z先生は変わらず、ずっと私に微笑んでくれている。ずっと私はZ先生のことを見上げていた。


「いろいろ大変そうだね」


「そうなんですよ、先生。いろいろあって。でも私、今先生に会えて本当に嬉しいんです」


 Z先生からの反応はない。変なこと言っちゃったかな。

 恥ずかしくて下を俯いたら、私の頭に人の手の感触が伝わってきた。


 驚いてまた顔を上げた。でも、そこにはもうZ先生の姿はなかった。


「先生・・・」


一人取り残された私は呆然と一人で立ち尽くしていた。

風だけが心地良く感じた。





「・・・ちゃん・・・はなこちゃん・・・!」


  誰かの声で目を覚ます。誰かが私のことを現実世界に引き戻してくれたみたいだ。それでも私は半分夢の中にいる状態だったが、呆然としながらも身を起こした。

 

 その瞬間、頭に強い衝撃が走った。

 

「っっっっっっ」


 強い痛みが頭に走る。二段ベッドの上にいた私は、この時、頭を天井にぶつけたのだと悟った。

 頭をさすりながらも、なんとか二段ベッドから地上に足をつけた。



  そして廊下を出ると、すでに皆は身支度にとりかかっていた。


  それにしても変な夢だったな。


  過酷な合宿中、ずっと夢の中で出会ったZ先生のことばかり考えていた。

 周りには明るく振る舞っているつもりではあったが。



  そんな感じでなんとか地獄の合宿を乗り切った。三日目も終わりを迎え、気がついたら帰りのバスから学校の敷地へ足を踏み入れていた。


 皆で集まって校長の話を聞く。そして皆が解散した後も、私は道具を学校に戻す仕事が待っていた。ふらふらしながらもなんとか仕事に励んだ。


 そして荷物出しも終わり、時計を見ると四時を回っていた。


 この時、初めて気がついた。


 今日はZ先生の授業がある。


 その現実に気がついた瞬間、一気に焦りと不安が頭をよぎった。


 遅刻する!


 思考は夢の中のZ先生から、現実世界にいるZ先生に変わった。

 

 急いでリュックを背負い、家の帰路へと直行する。そして一旦家に帰り、一息つく暇もなく、すぐに体育着から制服に着替えた。そして合宿中のリュックを放り出し、事前に準備してあったいつもの学校用のリュックを背負おう。


「帰ってきて疲れてるのに、今日塾に行って大丈夫なの?休んでてもいいのよ?塾に連絡いれるから」


 心配そうに母から声をかけられたが、私はただZ先生に会いたい一心だった。


「いや、いい。どうせ家に帰ったら休めるから。行ってきます!」

そう言い残し、慌てた足取りで家を飛び出した。


 やばい、遅刻だ!


 遅刻して迷惑をかけたくなかった私は必死で駅まで走った。

 そして今にも閉まりそうだった電車の扉へ自分の身を突っ込んだ。


ー間に合った。ー


 ほっと胸をなで下ろしているのも束の間、電車はあっという間に塾のある駅に着き、私は汗だくになりだからもすぐに走り出した。


 そしてついに到着した塾。一週間ぶりのZ先生がいた。

 夢の中のZ先生と違ってそっけないZ先生ではあったが。


 それからいつもの様にZ先生と教室へ入り、私がちょうど合宿帰りであることを伝えた。


「え?まじで?休まなくても大丈夫なの?」


 とZ先生はかなり心配してくれた。

  

 本当はZ先生に会いたかったから、と言いたかったが、その言葉は自分の中にしまい、


「いや、他の日にするのが面倒くさかったので」


と強がった。


「あ、そ」


いつもの様に薄い反応をするZ先生。

 それからまた授業が始まったのだが、すっかり疲れ切ってしまっていた。そのことを察知したのか、Z先生は授業をすることをやめ、私の合宿中の話に付き合ってくれた。

 


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