第27話
「カデフェイルはいるかあああっ!」
地獄の底から響き渡る重低音に、自室で執筆していたカデフェイルは思わず震えあがった。
とうとう処刑執行人が来てしまった。
いや、アルガラだということはわかっているのだが。
一児の母にしては随分と物々しい。普通、子供を産んだ女性というのは母性愛に目覚めて優しくなったりおしとやかになったりしないのか。
「お客様のようですよ、旦那様」
事情のわかっていないデイトリンが不思議そうに扉をあけながら、声をかけてくる。
「俺はいないってことにしてくれ」
「あら、それは無理ですね」
「なぜだ?!」
「ここにいるからだあああっ!」
デイトリンを押しのけてアルガラが転がり込んできた。
赤髪の悪鬼だ。髪を振り乱し、怒りの形相の彼女はその一言に尽きた。
今すぐ退治しなければ!
「旦那様聞いてください! この方のお子さんがソリュドとルウジェにそっくりなんですよ~、見たら絶対驚きますから!」
でしょうね。
ええ、知っていますとも。
カデフェイルは襲いかかってくるアルガラを押さえ込みながら、内心で叫んだ。
にこやかに語るデイトリンはこの状況を見ても、楽しく遊んでいるのだなと思っているのか止めることもない。まぁ、非力な彼女には止められないことは分かっているが、もう少し誰か呼んでくるとか、アルガラを説得するとか、落ち着かせるとかして欲しい。
だが、元聖女様は随分と世間の感覚とズレているのだ。数日間の同居で学んだので、下手に期待はしない。
サリィミアなら宥めてくれるかもしれないが、顔を出さないところを見ると子供の面倒を見ているのだろう。逃げたとは思いたくない。
それよりも拳同士を組み合いながら、腕力だけで押し倒そうとしてくる怪物を片付ける方が先だ。
ぐぐぐ、と顔を近づけて獰猛に笑う様は狂喜を孕んでいる。爛々と光る金色の瞳が、血走っていて怖い。
このまま囓られるかもしれない恐怖に襲われる。
「ようやく、会えたな、カデフェイル! お前の親友だとかいう男から家の場所を聞き出すのに随分と時間がかかってしまったが…剣の錆になる覚悟はできたか?!」
親友には心当たりがないが、まさかアイタルトのことだろうか。もし本当に彼がばらしたのだとすればあの野郎を編集者から外してやりたい。売れっ子なんだからそれくらいの我が儘は通るのではないだろうか。
しかし、その前に一つ、アルガラには忠告したいことがある。
「お前、錆にしたいなら剣持ってきてから言えよ…とりあえず、なぜ俺がお前に責められなきゃいけないんだ?」
丸腰のアルガラには剣を帯びているようには見えない。もう怒りでおかしくなってしまったのだろうか。
ひとまずしらばっくれてみると、彼女の高笑いが部屋にこだました。
「わはははっ…何を言う、あの子の父親はお前だろう? 私にあんなことをしたのはお前だけだからな!」
「いや、俺はお前と子供ができるようなことをしていないだろ」
何度も言うが、邪神に呪われていて自慰しかできない体だ。女と寝た記憶などここ2年ほどはない。
アルガラに言ったことはないかもしれないが。
とにかくおかしな神様たちが絡まなければ、自分は誰とも関係していないのだから十分に言い逃れできるはずなのだ。
「しらばっくれるな! あの子はお前にそっくりじゃないか。それに心当たりがあるだろう、私にキスをしたのはお前だけだからな!」
お前もか、ガーラ!!?
世間とズレているのは、デイトリンだけではなかったようだ。
誰か常識を教えてあげてください。
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