第三節 澪の課題克服
祝賀会から数日後に清川先生は美術部員たちを呼んで、澪と草間部長へのお題を発表した。
「皆、揃ったな」と清川先生は全員を見渡した。
「お題は、自画像。ただし、自分ではなく、草間は戸川の。戸川は草間の絵を描くこと」
どよめきが走る。澪の心も揺れた。
あまり本格的に描いたことのない人物画。
しかも戦う相手の草間部長を描くなんて。
「澪には不利だわ」
有華が思わず呟く。
自画像は止まった状態で描くものだ。
澪のカメラ・アイも役立ちそうにない。
デッサン経験豊富な草間部長の方がはるかに有利なのは明らかだった。
このお題で課題をクリアする必要がある。
澪はじっとりと冷や汗をかくような思いがした。
「じゃ、はじめようか。戸川さん」
草間部長はお題を聞くと、まるでライバルではないような穏健とした仕草で澪を見つめた。
「は、はじめるって……?」
恐るおそる聞いた澪に草間部長は破顔した。
「はは!お互いを描く練習だよ」
「……はい」
あくまでも爽やかな草間部長にリードされて、向かい合ってお互いを描く練習をする。
改めてみると、草間部長は頭こそ短く刈った高校生風だが、鼻梁が通っていて彫りが深く少し日本人離れしたようなカッコよさがある。
私はどう映るんだろう……。
澪は自分を美人だとも特別ブサイクだとも思ったことはない。
化粧すれば程々に映えるくらいの平均的な日本人顔だと思う。
休憩中に草間部長の絵を見て驚いた。
草間部長の描く澪は、顔こそ澪だが耳が異常に長く、全身に蔦が絡まり、なんと妖精のような羽根まで生えていたのである。
「……すごい」
澪は素直に草間部長の絵の力を凄いと思った。
これを見て「美しくない」と言う人がいるのだろうか、と。
澪の方は、まだ習作の段階で草間部長の特徴を掴むのにやっと、と言ったところだった。
草間部長が席を外していたその間、清川先生も部長の絵を見に来た。
「装飾過多の中身スカスカ」
清川先生はそう草間部長の絵を見て言った。
澪は「信じられない」と怒った顔をした。
「戸川、お前ライバルじゃないの?」
清川先生は不思議そうに澪を見る。
「ライバルはライバルですけど、この絵は美しいです!」
「自分のことが美しいみたいだね」
清川先生は思わず笑って、今度は澪の絵を見た。
「つまんない練習はやめて、そろそろ本番に行きなさい」
清川先生はそう言うと部室を出て行った。
部室内は澪と草間部長に興味が注がれているものの、コンペの時とは違ってゆるやかな時が流れている。もうどちらが勝ってもいいという空気感まで漂っているようだ。
しかし、澪は一つ大きく深呼吸をすると、「よし」と自分を鼓舞してキャンバスへと向かった。草間部長の幻想的な絵を敗ってみせる。
この胸の炎をはためかせよう。
澪は小さく頷くと、その手に木炭を握った。
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