第五章 卒業

第一節 澪の涙

祝賀会が混乱の内に終わり、澪は泣きだしたい気持ちだった。


早くこの場を去りたい。


走り去りたい気分とは裏腹に足は動かないのが事実であった。

それにあの草間部長と戦う、と考えただけでも恐ろしい。でも、それ以上に恐ろしいのは草間部長の考えに流されるまま、美術部部長になることだった。


絵を描くたび、手ごたえを感じる。澪はやりがいも情熱も持って、絵を描いている。

しかし、それと同時にこの部に在籍する部員たちの絵にかける知識や技術には到底及ばないと思い知らされた。


それに……。


澪はとぼとぼと、寒い家路についていた。


恋とはいかないまでも、美術部に在籍するきっかけをくれた草間部長に憧れを抱いていたのである。その部長と一騎打ちで勝負する。

普通は部長に推薦されて嬉しくないの?と不思議がる声も上がったが、澪は美術を敬愛するからこそ、そのポジションには付けなかった。


「控えめな性格もアダになるよ」


草間部長を慕っている二年生の女子部員に睨まれたが、澪はこの勝負を引き下がるわけにはいかなかった。部長辞退という消極的と取れる理由もあるが、コンペで負けたという結果がある。


部長の絵は確かに素晴らしかった。

でも、私の絵が劣っていたわけじゃない。


そう、卒業する草間部長と勝負出来るチャンスはこの機会をおいてないのである。澪の狙いは部長辞退ではなく、受験を終えた草間部長ともう一度戦うことにあった。


有華もそれに気づいていただろう。

「澪が部長なんて有り得ない!」


祝賀会の後半にそう声を上げて、澪への批判をそらしてくれた。

この話は教員室から出てきた清川先生に持ち込まれた。


「草間が戸川を部長に?……で、こうなったわけか」


部員が報告すると清川先生は一つため息をついた。


「許可なく勝手に勝負するな。まぁ、今回は許すが」


清川先生は草間部長に物言いたげにしていたが、話をきって「これ以上、こじれないようにお題は俺が考える」と部室を出て行った。


それで、祝賀会という名の散々な会はお開きになった。

澪は日が短くなった道を注意しながら、帰っていた。


その時、何かが手のひらに当たった。

この季節だから雪でも降ってきたのか、と思った。

しかし、すぐに自分が泣いているのだと気づいた。


なんで、泣いているのだろう。


祝賀会前半の卒業お祝いムードでの涙ではない。


澪は流れる涙もそのままに不自由な足を前へと進める。

高校生活は色々ありすぎて、とてもハッピーエンドとは言えないな。

ほろ苦い気持ちを飲み下す。


周囲に人影がないことに安堵した。

そして、こう誓った。


もう、泣かない。


そう思うと、泣きたい気持ちは自然と治まっていった。

部長との戦いのお題は明日、清川先生から発表される。

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