第七節 皆の絵

壇上から降りてしょんぼりしたままの澪に有華が声をかけた。


「澪、すごかったよ」


そう有華が言うと周りの皆も「うん、すごい」「綺麗」と口々に褒め称えてくれた。少し遅れてやってきた賞賛に澪は照れた。


良かった……失敗したわけじゃないんだ。


そして、入部順に次々と皆の絵が発表されていった。

絵は一つの表現で優劣はないと言っても、下級生で上手い子も沢山いる。


菫とその化身のような妖精を可憐に描く子。

中には「鼻」の形を「花」で表現する変わり種の子もいた。


サーシャは花かと思いきや、近くで寄ってみると人の集まりを描いていた。

「名案でしょ、筋肉勝利!」と笑うサーシャに「この花、筋肉かよ」との声が呆れたように返ってきていた。

そういう表現やそういう手法もあったのかと澪には驚きの連続だった。


有華の絵は、雰囲気が良い秋の草花の絵だった。画力がない、と普段から嘆いている有華だったが、シャガールの絵に近い、幻想的な風景に味がある。大胆に色を使うところも油絵向きだ。


皆が油絵で勝負をかけるところ、来栖先輩は相変わらず鉛筆画を示した。

緻密な、まるで植物図鑑に載っているような繊細なチューリップの鉛筆画。

しかし、特異な点がある。チューリップの花弁の一枚がベロリとめくれている。そこからビー玉のような球体があふれ出しているのである。澪は思わず、近寄ってみたくなった。

それぞれのビー玉の表面に風景が描かれているようだ。

その細かさに澪は驚きを隠せなかった。他の部員も絵に近寄り、来栖先輩の技に唸っている。


そして最後に出されたのは草間部長の絵だ。

それは、一面の菜の花畑だった。空は紺碧、花は黄色にきらめいている。

「きれー……」誰からともなく、感嘆の声がもれる。

澪はうっとりしながらも何故、菜の花畑を題材にしたのだろうと思った。

その疑問に答えるかのように草間部長は口を開いた。

「山村暮鳥の詩に、いちめんのなのはな、いちめんのなのはなって繰り返す詩があるだろう。純銀もざいくっていう詩なんだけどあの詩の風景を表現したかったんだ」


そう、草間部長が言う通り、この絵はただの菜の花畑ではなかった。黄色の花畑は様々な欠片で成り立っていた。つまり、黄色のモザイク模様だったのである。ゆえに奥行きがあり、どの方向から見てもキラキラと輝いている。


……すごい、すごい。


澪は草間部長の絵や皆の絵に感動していた。


発表を終えた絵はそれぞれ、イーゼルにかけられた。

清川先生はそれらをじっと見ている。


いよいよ、コンクールに出す絵が決まるのだ。

清川先生が壇上に立った。

発表の時が来る――――。

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