第四節 草間部長
有華に付き添って美術部に通い始めて一週間が経った。
絵を描かなくても受け入れてくれる美術部の居心地が良くて、澪は楽しい放課後を過ごしていた。
今日も、美術部の部室に入ると、何名かの見知った部員たちが迎えてくれる。その中に、ひときわ目立つ人物がキャンバスに向かっているのが澪の目に入った。背が高く、髪は短く整えているその男子は部室に入ってきた澪と有華を見ると少し微笑んだ。
「草間部長、お疲れ様です」
有華がそう言うのに、澪はハッとした。彼が草間部長か。
あの優しい、うさぎと植物の絵を描く三年生の先輩……。
「お疲れ、山田さん」
有華の苗字は山田という。草間部長は澪に目を留めると、「やぁ」と絵筆を持つ手を上げた。
「はじめまして、戸川澪さん……で合ってるよね?」
「はい」と澪は多少、どぎまぎしながら答えた。テニス部は正式には「女子テニス部」だった。男子テニス部もあるが、彼氏と呼べる存在もなく過ごしてきた澪にとって草間部長は、まぶしいくらいにカッコ良かった。
「まぁ、ゆっくりしていってよ」
草間部長はそう言うとまたキャンバスに向かった。キャンバスの角度から何を描いているか澪はわからない。草間部長がいることで、部の雰囲気が若干違う気がする。
いつもは雑談に興じている部員たちも、部長を意識してか、はしゃいだ声は出さず、絵に向き合っている。
いつもと違う美術部に少し、慣れない気持ちを抱えながら、澪は数学の問題集を開いた。
澪のことに関しては、他の部員がすでに草間部長へ伝えていたのだろう。
いつの間にか美術部に居候するような形になってしまった澪だった。
いつまでも出入り出来るわけじゃないかもなぁ……。
澪はそう考えて三角関数のグラフを見つめていたが、デッサンをしていた有華がふと、こちらを振り向いた。
「明日は、先生が来るよ」
「えっ」
澪はその言葉に固まってしまう。
厳しいと噂の美術科の先生……。
中途半端に出入りしている澪は追い出されてしまうのではないだろうか。
澪に不安が生まれた。
有華がそのことを感じ取ったのか「大丈夫だって」と笑う。
「先生は、美術にしか興味ないもん。澪のことなんて気にもしないよ」
有華の言葉は澪をけなしているかのようだが、澪は一安心した。
この日当たりのいい部室の片隅を貸してくれれば、それでいい。
自宅の一人きりの部屋で鬱々と勉強だけの日々よりは、有華もいるし、色々な絵や人がいる美術部は楽しい。
そう、何も知らず楽観的に考える澪だった。
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