第六節 登校途中

始業式の日、澪は朝練に出ていた時と同じ時刻に家を出た。もちろん、テニス部の朝練に出るためではない。もう練習に出られる体ではないのだ。こんなに早く家を出たのは、学校に遅れないためである。


両親は、車で学校まで送ろうか?と提案してくれたが、いずれ自分一人で通わなければならないことを考えると、通学の練習をするのが妥当だと澪は思った。


松葉杖でゆっくり、一歩一歩を踏みしめながら、バス停へと向かう。

前は、急いで走っていた道だ。九月に入ってもまだまだ暑い。

不自由な足で松葉杖をつきながらの歩行はかなり、キツい。


やはり、急いで通っていたころを考えると一本遅いバスに乗ることになる。澪はバス停の待合いベンチに座りながら、ため息をついた。


車道に流れていく自動車を眺めるが特に恐怖心は湧かなくなっていた。澪の好きなデザインのワーゲンがよく磨かれたボディを光らせながら走っていった。赤の車体はなめらかな丸みを帯びていて、かっこよく可愛い。


運転席に乗っていたのは、マダム、という形容が相応しいご婦人だった。髪はグレージュでグラサンをしているのが上品だ。


この足で運転免許は取れるのかなぁ、とか、いや、ワーゲンはメンテナンスが大変ってお父さんは言っていたけどほんとかなぁ、とつらつら考えている内に、バスはやって来た。


開閉音がして、バスの扉が開く。ちょうどノンステップバスで、入り口がフラットになっていてこの足には助かる。何人かの乗客が、松葉杖をつく澪を見た。優先座席に座っていた女の人が、立って澪に座るように促した。


ありがたいやら、申し訳ないやらといった気持ちで澪は座席に収まる。

椅子持たせかけた松葉杖を見ながら、早く手放したいなぁと澪はまた、ため息をこぼしてしまう。


普通に歩けるようになりたい。

いや、走れるようになりたい。

テニスが……。


と、ふと考えて、憧れの選手のポスターを破くように外した自分にそんな資格はないと澪は落ち込んだ。


車外を見ると、銀杏並木がもうすでに黄色の色づきを見せているのもある。

その一枚いちまいの葉が光に揺れているようで、澪には眩しい。

通りを颯爽と歩く人々も今の澪には羨ましく、眩しい。


夏生まれの澪は、病院で十七歳の誕生日を迎えた。もちろん両親にも友達にも、病室の人たちにも祝ってもらえて澪は嬉しかった。しかし、何か十六歳の時の自分から決定的に失ってしまったものを感じて悲しかった。


それほど、テニスに対する情熱を燃やしていた人間だったのだ、と気づいたと同時に、もうそれが手に入らないと知る澪だった。


バスは滞りなく、学校前に着いた。慌てて降りようとすると、バスの運転手さんが「ゆっくりでいいですから」と声をかけてくれた。

失ったものの大きいけれど、こうやって親切にしてくれる人たちがいるとわかるのはありがたいと澪は感謝の気持ちでいっぱいになった。



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