第27話 アンデッド毒

 今日はスラムで炊き出しの日だ。

 炊き出しの隣では例によってネオシンク教の信者がペンダントを配っていた。

 予定通りだ。

 仕掛けもしてある事だしな。


 炊き出しの列に視線を戻して、噂に耳を傾ける。


「俺もネオシンク教に入ろうかな。病気の兄弟がいるんだ」

「奴らの根城。聖騎士が襲撃したらしいぞ。踏み込んだ時にはもぬけのからだったらしい」


 やっぱり、襲撃されたか。

 スラムの住人は耳が早い。


「きゃー」


 ネオシンク教の列から悲鳴が上がる。

 何事かと見てみればあの白銀の鎧を身に着けた聖騎士が群集に向って暴力を振るっていた。


 俺はこっそり群集に紛れ聖騎士に近づく。

 小瓶の蓋を取りこっそりと投げる。


「ぐわっ何だ。この黒い霧は。腕が溶ける。嫌だ死にたくない……」

「みなさん、神が助けてくれました。神に感謝しましょう」


 この後の展開は分かる。

 聖騎士の大軍がやってくるはずだ。


「みなさん、炊き出しは終わりです。さあ、無関係の我々は撤収しますよ」


 俺はそう言って炊き出しのスタッフを急かした。

 撤収を終えて、炊き出しの場が見える家屋の屋根から監視する。

 空家だったので使わせてもらった。


 しばらくすると、聖騎士の一団がやって来た。

 ふっ、その行動はお見通しだ。

 昨日、炊き出しの場には地面の下に瓶をいくつか埋めた。

 蓋は地面に出ており、菌が出入りできるように穴を開けてある。

 現場にはチンピラ神官が一人、たたずむ。


「聖騎士を一人で待ち受けるとは豪気だな。油断するな」

「はっ」


「やれ」


 俺は合図し、瓶から一斉に黒い霧が立ち昇る。


「これか報告あった黒い霧か」

「毒だと思われます」

「不味いぞ。退避。退避」


 逃げ出そうとしても遅いもう扇子せんすはとりついている。


「身体が腐る」

「何の毒だ。サンプルをなんとしてでも詰め所に持って帰るんだ」


 持って帰っても無駄だよ。

 顕微鏡が無ければ見えない。

 魔力が抜ければ菌の屍骸に逆戻りだからな。

 地球ならともかく異世界で菌の分析ができるはずがない。


 阿鼻叫喚が起こり聖騎士の一団は死んだ。

 何人かは生きて戻ったみたいだが、問題は無い。

 想定内だ。


 隠れていた信者がチンピラ神官に駆け寄る。


「神官様、ご無事ですか」

「神のご加護があればあれくらいなんともありません。創造主に感謝を」

「「「「創造主に感謝を」」」」


 信者に混じって集団と一緒に歩いた。

 スラムの一角の家に辿り着く。

 入り口にはシュプザム教会のシンボルと主神の絵があった。

 それを踏んで中に入る。


 ふむ、言われた事を実践しているな。

 踏み絵に関しては俺も少しやり過ぎたような気もしている。

 でも、これは戦争だ。


「お前、絵を踏まなかっただろう」


 俺の後に入った男性がとがめられた。


「もう一度だ」

「えっと、足が痛くて」

「お前見ない顔だな。ペンダントはどうした」

「それなら、ここに」


 そういうととがめられた男性は粉を投げつけた。

 こっそり扇子せんすを解き放つ。


「うっ。うわー」


 極悪な細菌グールにまとわりつかれ腐って最後にはちりになった。

 腐敗臭を部屋の中にかれていてお香が中和する。


「異教徒が一人亡くなりました。彼は本質を理解してないのです。神は絵姿などには宿らない。ましてやシンボルなどという模様ならなおさらです」

「では、ネオシンク教のシンボルを踏めと言われたら躊躇ちゅうちょなく踏めと」


 チンピラ神官と信者の問答が始まった。


「そのとおりです。ネオシンク教ではそれが正しい在り方です。もし、シュプザム教会に捕まって改宗を求められたら応じてあげなさい。なぜなら、そんな物に価値はないからです。儀式などというものは人間が決めたものです。信用できる歴史家に聞いてみなさい。昔の儀式はどうだったかと。今の儀式と違うはずです」

「ではネオシンク教は何をよりどころにするのです」

「正しい行いです。神はそれを見ています。全てに平等。貴賎などない。それが真理です」

「「「「全てに平等を」」」」


 かあー、やってらんねぇ。

 自分で考えた教義だけど青臭くてたまった物じゃねぇ。

 現実は厳しいのだと叫びたい。

 まあ、シュプザム教会を倒すための方便ほうべんだからな。


 仕事を依頼した男を見つけたので声を掛ける。


「こんにちは。依頼の調子はどうだい」

「旦那、急に声を掛けないで下せえ。びっくりしますぜ」

「悪かったな」


「神官候補は続々と集まっていますぜ。差別職にとって平等という言葉は心地良んでさぁ」

「差別職に詳しくないんだが、どんなのがあるんだ」

「あっしの影魔法使い。有名なのだと幻術士、呼応士、暗殺者、調毒士、虫使いこの辺りでさぁ」


「虫使いはなんで差別職なんだ」

「ああ、それですかい。虫がきついアンデッド毒を持っているからじゃないですか」

「アンデッド毒?」

「アンデッドにまれると高熱が出るのと一緒で虫にまれても高熱がでるんでさぁ」

「それは虫に限らないだろう。動物にまれても剣で切られても熱は出るだろう」

「重症になる確率が高いんでさぁ」


 そうか、虫が病気を媒介するんだな。

 異世界に凶悪な菌を持った虫がいるのだろう。

 なぜアンデッド毒なのだろう。


「なんでアンデッド毒という名前なんだ」

「動物も剣もアンデッドになるのは知ってますかい。生前から全ての物はアンデッドを含んでいるってのが、シュプザム教会の教義ですぜ」

「なるほど死を内包していると」

「虫が死を沢山抱えとるという訳ですぜ」


 細菌の仕業を全て死体術士の仕業にされたら、たまったものじゃないな。

 という事は扇子せんすはアンデッド毒なのか。

 ネーミング的には合っている気がする。


「アンデッド毒の正体について教会はなんと言っている」

「死その物らしいですぜ。突き止めるだけ無駄と言ってまさぁ」


 そうか、アンデッド毒については分かった。

 心に留めておこう。

 明日は開拓地だな。

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