第17話 「池沼の戦い」
太陽が一番高く昇ったころ、奴らは戦場に現れた。
「よう! ちゃんと逃げずに来てくれてうれしいぜ!」
シャルレットが遠く、馬上から叫ぶ。
「先に奇襲を仕掛けておいて、よく言う……!」
「ハッ! 悪かったなぁ! 『戦う前に叩く』――それが傭兵の流儀なもんでね! でも俺ぁ紳士だからよ。村の方までは燃やさなかったぜ! ま、黒焦げ死体とやりあいたくねぇしな。あんな気色悪いのがうごめいているとこ想像するだけで、吐き気がしてくるからよ!」
シャルレットがそう吹かすと、何が面白いのか傭兵団はドッと笑いに包まれる。
「久々の戦場だ! 俺ぁ昂ってきたぜ!」
敵の数は1000といったところか……。
うち、騎馬が600騎――。
さすがは天下に名高い傭兵団だ。
一方で俺の目の前にいる屍者は50体のみ……。
奴らは昨夜の襲撃である程度削ったと、ほくそ笑んでいるのだろう。
その油断が狙いだ――。
「チッ。見てみろ、リルト。馬の蹄に泥がこびりつきやがる……。俺たちの馬を封じたいがためにここを戦場に選んだんだろうよ……」
「そうっスね。ここは泥臭くてかなわないっス。今まであたしもビビッてたスけど、昨夜の襲撃で数が減ったのは間違いないスよ。だってあいつの目の前にいるのは50体程度、こんなの騎兵突撃であっという間っスよ!」
「いや、銃兵隊でじりじり削りながら様子を見る。今まで戦争屋してきた直感がな、『何かあるかもしれねぇ』っていうんだよ」
「銃兵隊、前へ!」
シャルレットの号令と共に、マスケット銃を携えた100人ほどの兵が前進していく。
彼らは小さな泥だまりの近くで止まる。
そして屍者たちを射程に収めると、銃兵隊の隊長が告げる――。
「撃て!」
――今だ!
俺はネクロマンサーの力を発動する――。
すると屍兵と銃兵隊の間に一瞬にして木々が生え、銃弾を全て受け止めた。
役目を終えた木々はみるみるうちに枯れ木となって、再び湿原に沈んでいく。
「なんだ!? 一体、何が起こったんだ!?」
「いきなり木が生えてくるだと!? 馬鹿げてやがる!」
「な、何をぼうっとしている! さっさと再装填だ!」
「あれがネクロマンサーの力……! やっぱやべぇっスよ……」
「やれやれ、飛び道具は無効かね、こりゃ」
敵に動揺が伝播する。
だが驚くのはこれからだ。
「死せる
俺がそう命ずると、銃兵隊の近くの沼池から泥をかき分けて50体の屍者が這い出る。
そして銃に弾込めしている敵兵たちを切り裂いていく。
「沼から敵が!?」
「そんな、あたしが伏兵に気づかないなんて!? まさか、泥の臭いで屍者の臭いをかき消していたっていうんスか!?」
ようやく気付いたか――。
そう、あの獣人が嗅覚によって、屍者をかぎ分けているであろうことは読んでいた。
だからこそ、ここを戦場に選んだ。
敵は銃剣を取り出す暇もなく、次々と倒されていく。
そして倒された先から彼らは俺の兵となる。
「こちらの兵を倒して自分の兵にする――まるで将棋だな」
シャルレットは東方から舶来した、珍しいボードゲームのことを思い出していた。
『獲った敵の駒を自分の駒に出来る』というルールが、金次第で敵にも味方にもなる傭兵稼業と似ていて気に入った記憶がある。
銃兵隊は全滅し、傭兵団本隊の前には“彼らだったモノ”が立っていた。
そのおぞましい光景に無言になる傭兵たち。
しかし、シャルレットは不敵な笑みを浮かべる。
「となりゃ、『王』を獲りにいくしかねぇよなぁ」
彼は傭兵団の前に進み出て、息を吸い込むとバカでかい声で彼らを鼓舞する。
「野郎ども! 情けねぇ顔すんじゃねぇ! お前たちは何か忘れたか! 俺たちは“嵐”だ! 散々駆け回って、暴れまわって、蹂躙しまくって、後には何も残さねぇ! それが俺たちの戦い方だ! あの野郎が、どんな罠張ってようが食い破れ! 待ち伏せがうまくいったくらいで、調子に乗っているあのスカした野郎をぶちのめしてやれ!」
シャルレットが委縮していた傭兵団をたきつける。
その堂々たる姿に沸き立ち、雄たけびを上げる傭兵団。
彼らは知っている。
なぜならこの男は、無敗だから――。
なぜならこの男は、数多の戦場を駆けながら、倒れたことがないから――。
だから傭兵たちは神ではなく、誰よりも戦いに人生を費やしてきた彼を信ずるのだ。
たとえ、それがどんな蛮勇であったとしても――。
「騎馬突撃だ、野郎ども!!!」
「「「応!!!」」」
ドドドドドドドッ――!
シャルレットの600騎が、泥を巻き上げながら俺めがけて駆け出した。
さて――
とうとう本隊が来るか。
これからが本番だ。
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