第15話 「夜の湿原で」
墓地の方から火の手が上がったのは、夜もだいぶ更けたころだった。
「――やはり先手を打ってきたか」
月が雲に隠れて真っ暗闇になった湿原を、窪地に落ちないように注意深く歩きながら、零す。
屍者たちは今、この湿地にちょっとした細工を仕掛けるべく、作業している。
つまり、墓場はもぬけの殻――俺の手勢はノーダメージというわけだ。
やつらが無法者であることは重々承知していた。
わざわざ決闘に臨むとは考えづらい。
おそらく、昼のあれは、村に屍者が隠れていないかの偵察――
そしてたぶん、あのリルトという名の獣人、屍者をかぎ分けられるのだ。
そして村にはそんな場所がないことを確認したうえで、村の外れにある墓地に当たりをつけて今夜襲撃する。
――ここまででは読み通り。
それを見越したうえで俺は村人たちに一時的に避難するように指示した。
まあ、リアなんかは俺と一緒にいると言って聞かなかったんだが……。
最終的に村長たちに引きずられるように、街へ行ってもらったけど、あれは苦労した……。
「アレク様、難しい顔して何を考えているんですか?」
――ん?
幻聴かな……?
リアは今、村人たちと一緒に街にいるから、声がするはずなんてないんだが……。
俺は声のする方を見下ろすと、そこには間違いなくリアがいた。
それも、不気味なほどニコニコしながら――
「リ、リア……!? どうしてここにいるんだ!?」
リアはすぐに子供っぽいふくれっ面になる。
「抜け出してきました。アレク様こそ、ひどいじゃないですか! どうして、私までのけ者にしてしまうんですか!」
リアの声がだんだんと曇っていく。
不意に月にかかっていたヴェールがはがれ、かすかな月明かりが彼女の顔を映す。
すると彼女の顔を伝う一滴の涙が月光を反射し、輪郭を描いた。
「アレク様はずっと私を隣に置いといてくれるって、そう言ったじゃないですか!」
そうだ――!
俺はあの時、リアに約束したじゃないか!
「アレク様の嘘つき……!」
リアはとうとう泣き出した。
リアが、「さよなら」も言えずに誰かと死別することを、何より怖がっているってことを――
どうして、俺は忘れていたんだ!
「アレク様が一人でみんなの分の命を背負ってるって知ってます! 知ってますけど……! 私の知らないところでアレク様が一人で戦ってるなんて……、危険な目に合ってるなんて……、私、そんなの……、耐えられないんです……!」
グスングスンと大粒の涙を流しながら訴えるリア。
俺はその姿を見ていられなくて――
今すぐ何かしてあげたい一心で抱きしめる。
そうだとも――
俺はリアにこんな顔をしてほしくなくって、彼女を幸せにしようと誓ったんだ。
――そのために今まで、領主として、先生として、リアのために頑張ってきたんじゃないのか、俺は?
「ごめんな、リア……。俺はリアを危険な目に合わせたくなかったんだ。リアや村のみんなが無事なら、それだけで俺の勝利なんだって、そう思っていた――」
「アレク様のいない世界に、私の幸せはないんです!」
「わかっている。そう言ってくれるリアがいるから気づいたんだ――俺は一人じゃないって。俺を支えてくれる女の子が目の前にいてくれるって」
「うっ……ぐすっ……アレク様ぁ……」
「だから一緒にいてくれ、リア。俺も君を置いて行ったりしないから」
「……はい!」
そうしてリアが泣き止むまで、ずっと彼女をギュッと抱きしめるのだった。
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