第3話 「魚の餌だな」

「全員、武器を置け! さもなくばこの執事の命はない!」

「さすがでございます、殿下!」


 全員の注目が俺に集まる。

 衛兵たちが状況を理解して武器を捨てるのに数秒もかからなかった。

 

「よし、ハイドリヒ。馬車の準備させろ。そしたらお前を解放してやる」

「調子に乗るなよ、<ネクロマンサー>! 国王は貴様の息の根を確実に止めるおつもりだ。貴様が王宮から抜け出せる可能性は万に一つもない!」

「その通りだよ、ハイドリヒ」


声のする方を向くと、ガエウスがぞろぞろと衛兵を引き連れて現れた。


「やあ、兄さん。なんでこうわがままな子供みたく振る舞うんだい? 僕がせっかく兄さんにピッタリの休養地を用意してあげたってのにさぁ。そこに毎日僕の当主としての活躍とかナタリアとの甘い生活とか兄さんの評判についてとか逐一手紙にしてあげるつもりだったのに……」


「黙れ! 俺はもうお前のことを弟となんざ思っちゃいない! 王国から追い出したいなら、そうすりゃいい! こんな国、俺から願い下げだ! わかったら道を開けろ!」


 とにかく現状はまずい……。

 ハイドリヒを盾に馬車を手に入れて国外に逃げるつもりだったが……。

 

「あははっ、おもしろいや! 公爵でもない兄さんがこの僕に指図するなんてね! 身の程わかってるぅ~♪」

「ガエウス様! お助けください! この狼藉者どもにはやく処罰を!」

「もちろんそのつもりさ。敵国に亡命して領土問題を引き起こされたら困るからね。兄さんにはきっちり『行方不明』になってもらわないと」


 そういってガエウスは衛兵隊に構えの指示スタディー・エイムを出し、マスケット銃兵隊がハインリヒごと俺に銃口を向ける。


 初めから俺を殺すつもりだったということか……!


「ガエウス様!? 何を……!?」

「殿下、離れて……!」

 

 ハイドリヒを突き飛ばして走り出す。

 射線から逃れなくては……!

 間に合うか……!?


射てファイア!」


 弟の号令とともに鉛玉が飛んでくるのが見えた。

 スローモーションのようにそれは飛んでくる。

 すでに突き飛ばしたハイドリヒの脳天を吹き飛ばしている。


 俺もあんなふうになるのか……!?

 俺は、こんなところで終わるのか……!?

 そんなのは嫌だ!


 その時、エリカが飛びこんできた。

 エリカは俺と射線上に割って入り、俺の代わりに銃弾を受けたのだ。


「エリカ……!」


 俺はエリカの方へ駆け寄る。


 だがエリカはむくりと立ち上がると、ガエウスらの方へと突進していく。

 俺からは彼女の顔は見えないが、きっと恐ろしいものだったに違いない。


 ガエウスは彼女の気迫に押されてか「ひっ」と小さく悲鳴を上げる。


「何をやっている! 再装填急げ!」


 そんなことを許すはずもなく、エリカがガエウスの目前へ迫った。


 しかし、彼女の突進もそこまでだった。

 エリカの右腕が爆ぜたのだ。

 エリカの右肩から血が噴き出し、その出血ゆえかドサッと声も上げずに倒れた。


「嘘……だろ……? エリカ……?」


 そんな、なんで……?


 ついさっきまで俺を包み込んでくれたぬくもりも優しげな声も、またしても俺は奪われてしまったというのか……?

 領地や当主の座だけでは飽き足らず、10年来の付き合いの従者さえも俺から奪っていくというのか……?

 



「危なかったなぁ、ガエウスよ」

「これはトランスヴァル様!」


 エリカの腕を切断したのはトランスヴァル・グーデホープ。王国第二王子だ。


 いったいいつの間に現れたんだ!?


 もともとこの場にいなかったし、出現する瞬間が見えなかった。

 ましてや、あいつは剣さえ握っていない。


 そこで気が付いた。これがあいつのスキルだということを。


「空間操作スキル。相変わらず便利すぎですよ、義兄上!」

「褒めたってなにも出ないぞ。それよりこれは貸しだぞ、ガエウス。『宴の席でナタリアの前で子供の頃の恥ずかしい話を披露する』なんてどうだ」

「勘弁してくださいよ~」


 こいつらは……人からさんざん大切なものを奪っておいて、何も感じないのか……!?

 許せねぇ……こいつら全員許せねぇ……。

 殺すなんて生易しいものじゃない……。

 俺が感じたより深い絶望を味合わせてやる……!


 いっそ、死んだ方がましだと思うくらいの絶望を……!


 王国を……、ガエウスを……破滅させてやる……!


 俺の胸には、王の間で感じたより深い喪失感と怒りがうずまいていた。


「あ~、だめだな。こいつはたぶん死んでるな」


 トランスヴァルが片腕を失い倒れ伏すエリカを足蹴する。


 一矢報いてやるぜ、くそったれ……!

 剣を突き立てながら走る。しかし、頭と肩をつかまれたと思うと、顔が地面にぶつかる。

 駆け付けた衛兵どもが俺を抑えつけたのだ。


 ぐっ……!

 縄を口にはめられ、土と血の味が口に広がった。


「それは残念ですね。兄さんにあることないこと被せるための罪を、『自白』してもらいたかったのに」

「まあ、こいつはどっか適当な穴にでも埋めて、二度とお天道様が拝めないようにしとくとして、アレクの方はここで殺すなとの王令だ」

「えぇ~~」

「王城で名門貴族が死ぬのは、聞こえが悪い。そして王城で忌みスキル持ちが死ぬのは、縁起が悪い。だそうだ」

「それじゃ、どっかに幽閉しろと?」

「いや、母なるミペカヘ河に沈めよう。そこでなら呪われた者も浄化されるであろう」


 ミペカヘ河だと!?

 

 聞いたことがある……。

 王国の北の辺境にある流れの激しいことで有名な河だ。

 だけどそれ以上に、死刑に使われることで有名だ。

 それはミペカヘ河が死後の世界で罪人の罪を清めるコキュートス河と同一視されていることに由来するのだという。


「よかったね兄さん、楽しい川流れコースだよ」


 こうして俺は足かせをはめられ、ミペカヘ河に沈められたのだ。

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