第8話 身の程知らず共

「ちゃんと教習所出たのか ?おたくの運転手」


 一度だけ水を口にした後、破壊されてしまった家の玄関と、そのまま家に乗り込んでしまっている車を見ながらベクターは言った。


「ブレーキを踏むタイミングに文句つける教官が鬱陶しかったらしくてな…三日目の実技でぶっ殺しちまったんだよ」


 初老のエルフは煙草を吹かしながらベクターへ言い返す。彼の隣にいた大柄な部下が彼へ会釈をしていた。どうやら彼の事なのだろうとベクターは思った。


「そんな事はどうでも良い…私の名はパーナム。用件は簡単だ…娘をこちらへ渡せ。そうすれば見逃してやる」


 吸い殻を捨て、床の上で踏みにじりながらエルフは言った。そして二本目を取ろうと懐へ手を伸ばす。


「ヤニが付くと困るから出来れば外で吸ってくれないか ?」

「そうか、気を付けよう…それより答えを聞かせてくれ。本来なら貴様もぶち殺してやっても構わねえんだ」


 ベクターからの注意にパーナムという名のエルフは謝罪し、どうするつもりなのかと答えを急かして来た。彼の部下である荒くれ者達もバットをチラつかせたり、銃の引き金に指をかけるなどしてこちらを威嚇している。


「本来 ?ん~…さて、そんな恨まれる様な事をしたかなあ。ハハハ…」


 心当たりはいくらでもあるのだが、ベクターは馬鹿にする様な言い方をした後に笑い、顎に指を当てて思い出そうとする仕草を見せつける。しかし、その直後に彼の頬を弾丸が掠めた。


「すっ呆けてんじゃねえ”死神”‼てめえがウチの飛行艇をパクったおかげで大損なんだよ !」


 気が付けば拳銃を構えていパーナムが怒鳴り散らしている。銃口から煙が上がっている事で、自分に危害を加えようとした犯人をベクターは一発で特定できた。


「俺もすっかり有名になったんだな。どこで聞いたのかは知らんが」


 ベクターは特に動じもせずに、笑いながら再び煽り始める。青筋を立てているパーナムの顔は少し強張っていた。


「高い金を役人連中の袖に入れてまで部下を釈放する羽目になった…苦労して集めた商品も全部パァだ。落とし前を付けるか娘を返せ」


 パーナムは近づいてからベクターの額へ銃口を突き付けて脅す。一方でどうしたものかと思っていたベクターは、呑気に他の二人の様子を見た。四面楚歌な状況に焦っているタルマンと、こちらを不安そうに見ているムラセの姿があり、どちらを裏切るのが自分にとって不利益かを考える。


「条件付きで良ければ」

「お、おいベクター… !」


 あっさりとパーナムに屈したベクターに対して、タルマンは落胆を隠さずに言った。ムラセも引きつった様な顔をして、ショックを受けている様子でベクターを見ている。


「ほう、やけに素直だな。条件とは何だ ?言ってみろ」

「三十億ギトル、現金で寄越せ。そうすれば返してやるし、今後お前らの邪魔もしない」


 パーナムに対してベクターが提示した条件が周囲にも聞かれ、場の空気が一気に凍り付いた。暫くすると、先程パーナムへ会釈をしていた男がバットを携えて近づいて来る。


「てめぇ、自分の立場が分かってないらしいな…」

「お前の意見は聞いてない。黙ってろよ三下」


 男がベクターへ立場を弁えろと遠回しに伝えるが、ベクターは性懲りもなく彼を煽った。それにカチンと来た男はバットを振り下ろして来るが、ベクターはタイミングを見計らってバットへカウンターパンチを放って粉砕してみせる。周囲からどよめきが漏れた。


「どうするんだ ?払うか ?」

「貴様、俺達を脅しているつも―――」

「”はい”か”いいえ”で答えろ」


 改めて要求を飲むかどうかを尋ねるベクターにパーナムは反論しようとするが、すぐにドスの利いた声で遮られてしまう。続けざまにベクターは彼を睨みながら迅速な回答を迫った。黙ったまま彼は拳銃を握りしめていたが、一呼吸だけ間を開けた瞬間に銃口を再びベクターへ向ける。だが、ベクターはいち早く彼の腕を抑えた。


 そしてがら空きだった左腕を鉤爪へ変化させ、テーブルを掴んでから残りの荒くれ者達がいる方へぶん投げさせる。自分達の方へ吹っ飛んできたテーブルによって彼らが薙ぎ倒されている間に、ベクターはパーナムをぶん殴って気絶させた。


「こっちだ !」


 隙を見たタルマンが叫び、ムラセを引っ張って別室へ逃げ込む。悠々と立ち上がったベクターは首を鳴らして全員の前に立ち塞がる。


「部屋を汚すのも嫌なんでな」


 そのままかかって来いと言わんばかりにベクターが指で挑発すると、全員が一斉に押し寄せてくる。しかし、もれなく全員を「殺さない程度に」殴り倒した。


「…っ !そ、そんな馬鹿な…!!」


 意識を取り戻したパーナムは、軒並み倒れている自分の部下の身を案じ、彼らの様子を眺めているベクターを恐れた。


「おう、起きたか」


 ベクターが気づいてこちらへ歩いて来る。パーナムは何とか逃げようとするが、足や腰が震えて上手く動けない。余裕そうにベクターは彼に近づき、僅かしか残ってない髪を掴んでから立ち上がらせると、無理やりソファへ連れて行ってから彼を座らせた。


「あの子がここにいるとどうして分かった ?」

「…ど、奴隷として登録された奴には体内に発信機を埋め込むんだ…逃げられないようにな… !それを辿ったら、たまたまアンタがいただけなんだよ !」


 ベクターが質問を始めると、パーナムは必死な様子で喋り始める。思っていたよりも彼はビビりであった。


「俺達の事についても随分詳しかったな。なぜだ ?」

「面倒を見ている情報屋だ !最近になって、輸送船の情報を知りたがっている連中がいたと報せてくれた…そこから人脈を使って調べてたらアンタに関する話を見つけたんだ」


 先程までの尊大な態度は完全に消え失せ、とにかく機嫌を損ねてはならないとパーナムは必死に欲しがる情報を吐き続けた。


「もう一つ聞きたい。逃げ出した奴隷一人なんかを取り戻した所で金にならんだろう。何でそうまでして追いかけてきた ?」

「あの娘は半魔だ。ちょうど、高値で買ってくれそうな相手がいてな…損した分をどうにか取り戻さないと俺達が殺されちまう」


 わざわざムラセを追ってきた理由に関しての情報も手に入れたベクターは、今の自分達がやるべきことは何なのかと頭を悩ませる。今なら逃げても許されるかもしれないと、パーナムは動き出そうとするが間もなくベクターに捕まえられてしまう。そのまま頭突きを食らって気を失った。


「終わったかー ?」


 別室へ繋がるドアからタルマンが顔を出す。彼に続いてリビングへ入ったムラセは、床で倒れ伏している無数の荒くれ者達に驚きを隠さなかった。彼女をタルマンに任せてから、ベクターはパーナムを担いで外へ向かう。建物から聞こえた悲鳴や、物音に怯えて突入も出来ずにいた残りの者達は、自分達のボスの体を担いでいるベクターを見て戦慄していた。


「とっとと帰れ」


 パーナムの体を放り投げたベクターが一言だけ添えると、一目散に全員が撤退を始める。溜息交じりに家へ戻った彼は、散らかってしまった家の掃除をするためにモップやゴミ袋を抱えて二人が待つリビングへと戻った。


「とりあえず今後の事を決めるが、まずは掃除だ。ほら」


 辺りの様子を眺めていたムラセに、ベクターはバケツとモップを渡す。


「え ?」

「働かざる者食うべからずだぜ」


 戸惑うムラセだったが、ベクターに愚痴を言われながらモップを押し付けられる。渋々受け取る一方で、ひとまず見捨てられる事は無さそうだと安堵した。


「誰もお前にだけは言われたくねえよ…」


 ゴミ袋へ散らかった残骸を集めていたタルマンは、すぐさまベクターへツッコミを入れる。この後、何とか掃除を終えた三人だったが、破壊された家屋を見た大家によってベクターは半殺しにされた。

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