第24話 新たな一歩



 結局。


「なんだか騙された気がする……」


 そうぶつぶつ文句を言いながら、保住をおんぶして夜道を歩いた。


 ——軽い。


 それがおんぶをしての印象。


「もう、本当に筋肉ゼロなんじゃないのか?」


 酔いのせいなのか。寝ているせいなのか。保住は温かい。


「赤ちゃんみたいだ」


 先日、二番目の兄の子供を抱いた。まだ生まれて数か月だそうだ。すやすや寝ている赤ちゃんは温かくて柔らかかった。こっちは柔らかくはないけど、それでも温かい。

 市役所にきて、一気に騒然とした田口の私生活。これからのどうなっていくのだろうか。

 期待と不安。不安のほうが大きいけど、今日踏み出した一歩は、田口にとったらものすごい一歩。 


 ——文化課振興係でやっていけそう。


 そう思える夜だった。



***



「ここはどこだ?!」


 大きな独り言に起こされたのは、早朝の五時。田口は、びっくりして跳ね起きたせいで、ソファから転げ落ちた。


「おれの家です……、おれの家」


 そう呟きながら寝室を覗く。彼は半分寝ぼけているのか、ベッドの上に座ったままだ。


「おはようございます。係長」


 田口の声に反応して彼は目を見開いた。


「なぜお前が?」


「ここはおれの家です。昨日、おれの歓迎会の時に寝てしまって。渡辺さんたちに言われたので連れ帰りました」


 記憶を辿ろうとしているのか。保住は目を細めて黙り込むが、思い出せないようで、諦めた顔をした。


「すまない。覚えていない」


「でしょうね。おんぶして連れてきても、全く起きませんでした」


「おんぶ!?」


 保住は苦笑した。


「それはそれは。ものすごく迷惑をかけたな」


「いえ。係長って軽いですから。なんてことないです」


 目の下にクマが出来ている顔を抑えて保住は、ため息だ。


「またやらかしたのか……」


「また?」


「飲みに行くと寝るか、記憶がないか、知らない人間の家で目覚めることが多々ある」


「係長……」


 ——どれだけ私生活もだらしがないのか。


 田口はため息だ。


「隙だらけだからですよ」


「そうだろうか。これでも自分なりに警戒しているつもりだが」


「どこがですか……それよりも、もう少しゆっくり寝かせてくださいよ。昨日は係長を背負ってきて、いろいろして、寝たのが二時です」


「すまない」


「いいえ。……あの。風呂場とか使うならどうぞ」


「そうか。すまない」


 彼は瞳の色を濃くする。活動を始める気らしい。そうなると、自分だけ寝ているわけにはいかないだろう。田口は苦笑いだ。


 ——この人には振り回されっぱなし。いいじゃない。一日や二日寝不足でも。今日、頑張れば明日は休みだ。明日は、ゆっくりしよう。


「タオル出しますよ。着替えありませんね。下着は新しいのあるかな?」


「いや。この時間なら自分の家に帰れるな」


「それはそうですけど」


「すまなかったな。田口」


 自宅に帰ると判断をした保住は早い。さっさとベッドから抜け出すと、側にあった自分の荷物を抱えた。


「お前の家が、どこだかわからない」


「そうでしょうね。送りますよ」


「車あるのか?」


「ありますよ。おれだって」


「車もないから、徒歩通勤なのかと」


「一応はあるんです。徒歩は好きだからです」


 寝ぐせだらけの頭を撫でてから、田口は着替えをしに自室に戻った。




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