第3話 おつかいのお供



「県庁の駐車場って、あの県庁の目の前のでいいんですよね?」


 公用車に乗り込もうとしてふと顔を上げると、保住と視線が合う。彼は苦笑いをしていた。


「おれが運転する」


「いや。そういうつもりではなくて。教えてもらえれば……」


「そういった面倒ごとは嫌いだ」


 保住はさっさと運転席に回り込んだ。


「係長」


 田口は弱った顔をして、しぶしぶと助手席に体を滑り込ませる。


「すみません。あの上司に運転させてしまうなんて。新人失格ですら


「田口……。そういうの疲れないのか?」


 保住はハンドルを握りながらそう言った。そんなことを言われても。これが田口だ。田口は首を横に振る。


「疲れません。これがおれです」


「ふうん。お前、変わっているな」


「か、変わっていません! 普通です。係長のほうが……」


 そこではっとする。田口が黙り込むと、保住はニヤニヤと笑みを浮かべていた。


 年が近いせいなのだろうか。上司にこんな口の利き方をしたことはなかったのに。


 ——ダメだ。


 保住と一緒にいるとペースが乱される。上司に運転をさせて、更に無駄口を叩くなんて、バカだと思ったのだ。自分が嫌になってきた。


「そんな顔するな」


 いつもは無表情で感情が表に出にくい田口だが、会って半日の人に自分の気持ちの揺れ動きを読まれるたことに驚いた。


「なんでわかったの? って顔をしているぞ」


 信号で止まった車。保住はルームミラー越しに視線を寄越す。視線が合うと、なんだか気恥ずかしかった。田口は窓の外に視線を向けた。


「……昔から、なにを考えているのか、わからないと言われます。表情がないから面白味のない男だって。それなのに、どうしてわかるんです? おれの気持ち」


「そうだな。まあ会話の流れと、黙り込む仕草を見ていれば、不本意なのだろうなということは、想像がつくな」


「想像ですか」


「それ以上はよくわからないな。まだ出会って数時間の間柄だ。想像をするのにも、情報が足りない」


「想像をするのに、ですか」


「そう。その場の雰囲気でわかるものだけでは不確か。足りない部分は、その人の人と成りや性格、思考の傾向を見て想像できるものもあるものだ」


「それって探偵みたいですね」


「そうかな? 社会人としてやっていくには、結構、役に立つものだ」


 田口は苦笑する。


 ——この人、自分よりも面倒な人っぽけど、興味深い。

 

 そんな話をしていると、車は県庁に到着した。県庁は駅の近くにある。市役所からは、車で十分程度の場所だった。


 市役所よりは築年数が浅いものの、それでも古いことには変わりない。どこもかしこも、地方自治体は資金繰りが厳しい。県庁も、改修工事で騙し騙し使っている場所でもある。


「ここには、ちょくちょく呼び出される。覚えておくこと。一人で来ることもあるぞ」


「了解です」


 迷うことなく歩いて行く保住の後ろ姿を、田口は必死に追いかけて行った。


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