第137話 特攻
揺れ、燃え、既に船としての命が尽きようとしている甲板で、人魚は叫んだ。
「貴女達の言う自由は、自由じゃないわ! 責任から逃れて、ただ自分を誤魔化し続けるだけの生き方よ! 私はもう言い訳の道具にならない、貴女達の、自分の道具にも!」
自由に動けない船の上だとしても、体に怪我を負っている無惨な有様だとしても、クラリッサにとっては正しく今こそが自由だった。セイレーンに飼われていた時よりもずっと、ずっと、彼女は自由だった。
少なくとも、心は解放されていた。もしも船が沈んで死んだとしても、自由のまま死ねる。一番恐ろしいのは、もう一度島に戻り、生きながらえることだけだ。
「か、勝てないのに挑むつもり!? どうせ死ぬだけよ、キャハ!」
セイレーンの一匹に反論されても、クラリッサはボロボロの姿で怒鳴り返す。
「だとしても、私は私の自由を貫く! たとえ攫われるだけの身でも、彼らみたいに戦う力がなくても、何だってしてやる! 私自身の自由と責任を取り戻す為に!」
もう話したくないと言わんばかりに、クラリッサは背を向け、ずるずると這った。
「不老不死の相手が倒せないなら、せめてハーミス達を守って死ぬわ、せめて……!」
碌に動けない彼女が、七色の尾を揺らすことしかできない彼女が戦いに貢献する等、とても無理な話だろう。それでもクラリッサは、責任を全うするべく動いた。
一方で、セイレーン達はどうだ。ただ叱られた子供のように、俯いている。
「……好き勝手に生きた方が、楽なのに……」
「責任なんて、負うだけ苦しいだけなのに……」
苦しい、痛い、悲しい、つらい。そんな感情からただ逃げる為に、人魚を守るという名目で生きてきた。ひたすらに自分勝手を貫くべく、生きてきた。
だが、果たして自分達の先祖はどうだっただろうか。
「……でも、私達の先祖は負ってきた。私達だけが全てを無駄にした、アハ」
使命を果たそうと生きる者と、生きているだけの者と、比べられるだろうか。
「守られるはずのクラリッサが敵に挑んで、私達が逃げるって、おかしいね、ハハ」
「カッコ悪いね、アハハ」
互いに顔を見合わせた、セイレーン達の覚悟は決まっていた。
ただ怠惰に生きるのではない。今こそ、クラリッサの言う責任を果たす時。許されずとも、誰に認められずとも、全うするべき時なのだ。
「――人間に、クラリッサに馬鹿にされて生きるよりは、セイレーンの役目を果たす!」
「「やってやるわ、キャハハハッ!」」
轟炎立ち込める船に背を向け、セイレーンのうち一匹が、海上を走るバイクに接近した。そのサイドカーの後ろには、『多重連結魔導爆弾』のストックが五発分ある。
「爆弾、まだ余ってるわよ! 楽しく散りたい奴は持っていきなさい、キャハハ!」
彼女の鳴き声を聞いた仲間のうち、最も早く来た五匹が、それぞれ爆弾を抱える。そして、激戦を繰り広げるシャロンを見据えていると、クレア達も彼女達に気付いた。
「ハーミス、セイレーン達が!」
「何をする気だ、あいつら……!?」
再生する触手を剣で斬り裂き、翼の張り手を避ける彼に、セイレーンは叫んだ。
「離れてなさい、人間共! 私達のお遊びに巻き込まれないようにね、ハハハ――ッ!」
そう言うや否や、爆弾を抱えたセイレーン達は、シャロン目掛けて突っ込んできた。
何をするか、何を狙っているか。爆弾の存在を知らないクラリッサでも、彼女達の狙いが分かったのだ。反射的に怪物から離れた四人も、狙いとして定められたシャロンも、避ける間もなく理解した。
「おい、まさか、ふざけんじゃねえじゃん――ッ!」
触手でセイレーンを攻撃するも、誰も突き刺さらない。網の目を抜けるように突撃した彼女達が、シャロンに触れた途端、激しい爆発が起きた。
翼も、体も爆散し、後も残らない。セイレーンは、命を捨てた特攻を仕掛けたのだ。
「……やりやがった……!」
命を投げうる性格から最も遠い者達の特攻に、流石のハーミスも愕然とした。
しかし、そこまでやって尚、煙の中からはシャロンが飛び出した。
「――こんな程度で殺れるわけがねえじゃん、鳥共があぁッ!」
ただし、触手も吹き飛び、体の肉が抉れている。再生を行ってはいるが、ダメージが想像以上に大きいのか、瞬時にとはいかない。ならばとばかりに、思わず思考が止まったハーミス達を置いて、セイレーン達は突撃を仕掛けた。
「まだまだこんなもんじゃないわ、セイレーンを舐めないでね、キャハ!」
四方八方から、シャロンにセイレーンが絡みつく。鉤爪で肉を斬り裂き、翼で肌を抉るが、相手は鮫肌の、牙と触手を持つ怪物だ、到底敵う相手ではない。
「人間、こいつの動きを止めてるわよ! 今のうちにキャバッ!?」
それでもいいのだ。時間を稼げれば、セイレーンの一匹が顔を千切り取られても。
「……ハーミス……!」
クラリッサの声を聞き、彼は彼女を見た。
どちらでもなく、小さく頷いた。咎を受ける者の、最期の瞬きを無駄にしない為に。
「――行くぞ、最後のチャンスだ! こっちもとっておきを使ってやる!」
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