第118話 敗走
これは流石にまずい、と残りの三人は直感した。いくら無警戒とはいえ、『選ばれし者』がいるのであれば多少なり情報は聞いているはずだ。もしも情報と外見がある程度一致していれば、何かと言及されかねない。
ハーミスがポーチに手を突っ込み、ルビーが指を鳴らしたが、隊員の男性二人組は物珍しそうな目で四人を見るだけだ。ついでに、軽く返事をするだけだった。
「なんだお前、見ない顔だな」
クレアが三人に振り向き、どうだと言いたげに鼻を鳴らす。
そうして、驚く彼らを置いて、さも当然の権利であるかのように話し始めた。
「ただの旅人よ。セイレーンって魔物を怖いもの見たさで来たんだけど、どこにもいないのよね。あんたって聖伐隊でしょ、どんな奴なのか、教えてくんない?」
聖伐隊の方は、ちっとも彼女を疑っていない。
「随分と命知らずな奴だな。それに、戦いならもう終わったが?」
こんな情報を、聖伐隊を滅ぼそうと画策している相手にあっさりと教えるくらいだ。
開拓地となっているとも聞いた。セイレーンが捕らえられているとも聞いた。しかし、まさかその戦いがもう終わっているとは。
驚きに顔を満たす一行の前で、彼らはもう一つの事実も教えてくれた。
「勿論、聖伐隊の勝利でな。セイレーンの多くは狩り終えたぞ」
つまり、聖伐隊が、この地を既に人間が住まう土地に変えてしまったという事実を。
聖伐隊が有利だとは予測していた。大方敗走中であるとも予期していた。しかし、まさかほぼ壊滅状態にあるとは。フードの奥で、ハーミスとルビーは驚きを隠せなかった。
「元はこの海岸も魔物の巣窟だったんだが、今は聖伐隊と人間で住みやすい地域にしてるのさ。いずれは国外に進出する、大きな港になる予定だよ」
「狩り終えたって……じゃあ、もう見れないの?」
「いや、まだよく残党連中は襲ってくるな。お前ら、セイレーンを見たことは?」
四人が手を振ると、二人の隊員は脅かすように手を動かして言った。
「半人半鳥の手が翼になった魔物だ。爪先は鉤爪で、人を捕えて巣で食っちまうんだ。あいつらは徒党を組んで襲いかかってくる。散々略奪行為を繰り返して、俺達聖伐隊が出てくるとさっさと逃げてやがる、卑怯者の集まりだぜ」
彼の言い分から察するに、完全な殲滅にはまだ遠いようだ。エルフ達のように、レジスタンス活動をしているのかもしれない――そう信じたいところである。
「歌声は綺麗なんだが、いいか、絶対に聞いちゃあいけねえぞ。あの歌を聞くと男は惑わされて、抵抗できなくなっちまうんだ」
「だから隊員の数も少ねえし、町にも被害が出てやがる。逆に言えば、俺達みたいにまだ生き残ってる奴は魔物殺しの手練れってわけだ、がはは」
魔物を殺すさまを嬉々として語る隊員達。向かい合うクレアとハーミス、エル。
その後ろで、ルビーの目が見開き、肌がざわついたのを、三人は確かに感じた。指を鳴らし、長い爪をしならせていたのも、見てはいないが、間違いない。
「噛み殺してやる」
ぼそりと呟いた声は、幸い、仲間内にしか聞こえなかった。
「ん? どうしたんだ、後ろの子は?」
「な、なんでもないわ! 色々教えてくれてありがと、それじゃあもう行くわね!」
首を傾げる隊員達を置いて、三人は取り繕ったような笑みを浮かべながら、ルビーを押し出すようにしてその場を離れていった。
彼らがパトロールに戻っていったのを遠目に眺めつつ、ちょっとだけ落ち着いたらしいルビーに対して、クレアは彼女の額をこつん、と指ではじく。
「ルビー、ちょっとくらい抑えなさいよ。ばれたらどうすんのよ」
「だって……あいつら、ムカつくもん」
頬を膨らますルビーの気持ちも分からなくはないが、彼らの内臓を掻き出すよりも先にやるべきことがある。獣人街のリヴィオ達は楽観的に物事を捉えていたが、現時点では魔物達が明らかに追い込まれ、海岸が人間の棲み処となっている。
「それはいいとして、だ。リヴィオ達から聞いてた情報と、町の状況が違うな」
「そうですね。ここに来るまでの間に事態が変わってしまったのか、それとも――」
これからどうしたものかと、四人が露店の傍で少し悩みだした時だった。
「――セイレーンだ、皆逃げろーっ!」
海が広がっている方向から、悲鳴が上がった。
悲鳴はたちまち伝搬した。人々は何が来たのかを知っているかのように、露店から、通りから、皆が一斉に声のした方と逆方向に走っていく。その流れに逆らってハーミス達が通りに出ると、小さな影が迫って来ていた。
影はだんだん大きくなり、とうとう目に見える範囲まで来た時、ハーミスはそれが鳥やその類ではなく、魔物であるとはっきり理解した。
須らく青く長い髪と白い肌、ギザギザの歯を持ち、腕の代わりに生えている翼をはためかせて空を飛んでいる。足と胸元は羽毛に覆われ、爪先は巨大な鉤爪。紛れもなく、あれこそが魔物。
「……言ってる傍から、噂のセイレーンだ!」
甲高い笑い声をけたたましく鳴らしながら、魔物達は襲来した。
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