第115話 払暁


 明けない夜はない。

 その言葉の通り、終わらない祭りは終わり、朝がやってきた。

 獣人街の赤い門は開き、そこには町の住民が押し寄せていた。その前を更にギャングが、そして先頭にはギャングを統べるリヴィオとニコがいる。

 彼らの眼前に立つのは、ハーミス達だ。

 破壊されたバイクの代わりに、黒と赤のツートンカラーが目立つ新しいバイクを『通販』で新調し、それぞれの服もしっかりと洗い、乾かし、一新した気分で門の前に立っていた。エルが聖伐隊の服を着ているのも、周りはもう気にしていない。

 荷物をあらかた積み終えて、平原を眺めるハーミスに、リヴィオが言った。


「……ゆくのか、ハーミス」


 振り返り、ハーミスは小さく笑って答えた。


「おう、準備は済ませてたからな。あの門番とセントリーガンは置いてくよ」


 彼が指差す門の隣には、巨大な兵器と、壁の上でじっと外を睨んでいる自動砲台。戦争中はかなり助けられたのだが、終われば持っているのも困るものだと、ニコは思った。


「気持ちは嬉しいが、あんなもののメンテナンスは僕達にはできない。宝の持ち腐れになってしまいそうだが……」


「安心しろよ、あれは日光をエネルギーにしてるんだ。いつだって充電してるし、二十年はメンテナンスなしで動き続ける。だけど、もしもあれを使うような事態に陥ったならそうだな、これに連絡を入れてくれ」


 そんな彼らの心配を払拭するように、ハーミスはコートのポケットを漁ると、黒く小さな円形のものをリヴィオに手渡した。中央に赤いボタンがある。


「……何じゃ、これは?」


「通信機だ。真ん中のボタンを押せば、いつどこにいたって駆け付ける。約束する」


 旅に出て、復讐を果たすべく方々を行き続け、それでも獣人街を想ってくれる。

 二人にとって、彼らは感謝してもしきれない、街の恩人だった。魔物の救世主などと呼ばれていると聞いた時には疑っていたが、そんな自分を恥じる気持ちだった。


「……何から何まで、本当にありがとう。君達がいなければ、この獣人街を、皆を守られなかった。僕達の愚かな戦いも、止められなかった」


「クレアも、エル、ルビーもじゃ。わしらはまこと、お前らに助けられた。だからこそ、もっともっと、獣人街総出で礼をしてやりたいと思ったんじゃがのう」


 だからこそ、もっとこの街にいて欲しいと思っていた。


「ルビーちゃん、まだまだお肉は用意してるからね!」


「武器でも貴重品でも、何でも買ってけよ、安くしとくぜ!」


「宿だって何泊したっていいさ! 今日の夕飯、シチューにしとくよ!」


 門の後ろから顔を出す住民達も、当然そう思っていた。三日、四日、望むならずっと居てほしいとすら思っていたが、一同は顔を見合わせ、微笑みながら告げた。


「……嬉しいな。でも、それでも、俺は行かないといけないんだ」


 まだ、復讐は終わらないのだと。

 ハーミスの優しい、しかし確固たる決意を見た二人は、それ以上引き留めなかった。


「……そうか、ならば止めはせん。代わりに、わしらの願いを聞いてくれんか」


 引き留める腕を突き出すのではなく、リヴィオは古びた地図を、ニコは比較的新しい紙の束を取り出し、ハーミスとクレア達に渡した。


「これは?」


「そっちは大陸南部の詳細な地図じゃ。そっちの新聞は、つい最近レギンリオルで発行されたもんを手に入れたんじゃ。奴らと聖伐隊は、国内の殆どの魔物や亜人を滅ぼし、大陸の南部にも攻め込むと宣言しておる」


 新聞。情報を伝達する、人間社会では普遍的になった技術――習慣だ。


「そしてその中に、ロディーノ海岸でセイレーン族が捕らえられたと、彼女達の棲み処が人間の開拓地になっているという記事があったんだ。大頭は昔から、彼女達と仲が良かった……僕らの代になって今更ではあるが、助けてやって欲しい」


 セイレーンなら、ハーミス達も聞いたことがある。

 半人半鳥、または半人半魚の亜人。エルフよりもずっと秘匿的で、その正体は詳しく知られていないので、どちらが正しいかは不明とも言われている。

 だが、聖伐隊は彼女達を見つけ、捕らえた。大事なのは、その事実だ。


「ロディーノ海岸、ここからずっと南西に進んだ先にある海辺ね」


「セイレーン達を捕らえたのは、フォーバーとシャロンという兄妹らしい。どちらも『選ばれし者』だと聞いてるが、ハーミス、間違いないか?」


 そして、聖伐隊がいるところには、やはり『選ばれし者達』がいる。つまり、ハーミスが倒すべき邪悪なる敵。復讐すべき、確かな敵がいる。


「……ああ、間違いない。覚えてるよ、真面目ぶった極悪人だ」


 ニコが思いを馳せるように、ハーミスを見る。


「大頭がいれば、助けを出せと言ったはずだ。街の外に出られない僕達に代わって、彼女達を助けてほしい――ハーミス、君にしかできない頼みだ」


 そんな彼、彼女に対する答えなど、決まっている。


「分かった、その頼みは引き受けるぜ」


 ハーミスも、仲間も、にかっと笑い、獣人街総出の頼みを引き受けた。

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