第99話 準備②


 屋敷の中に戻りながら、尚も話は続く。


「さて、武器の方はあれで問題ないだろ。必要ならさらに数を買い足すだけだ」


 外で武器を振るっていたギャングの姿を見る限り、戦いに関しては相当手馴れているようだ。白兵戦で後れは取らないと思いたいが、仲間の心配は別の面でもあった。


「そうはいかないぞ、ハーミス。街を囲む四方からの攻撃もそうだが、対面しても遠距離からの弓、投石で手も足も出ない可能性がある」


 ニコはずっと、奇襲や遠距離からの攻撃を心配していた。

 壁への攻撃を除いても、矢や投石の雨霰を受ければ、こちらは確実に劣勢に追い込まれる。リヴィオ達も同様に不安を隠せないようだが、ハーミスだけは違う。


「言ったろ、いいモンを買ってるって。もう壁に配置してあるぜ」


 自信をもって購入した兵器の威力をするハーミスは、窓の外を指差した。一同が窓から壁を眺めると、確かにそこには『何か』がいる。

 蜘蛛のように這いずるそれは、見たところ何の役に立つかが分からない。ハーミスはというと、上機嫌でテーブルの上に複数枚の紙を並べている。あれにどれほどの力が込められているのかと首を傾げながら、リヴィオが彼に聞いた。


「……あれか? あれが何の役に立つんじゃ?」


「あれだけじゃねえよ、門の方にはもっとでけえ兵器を配備してある。今は透明化してるけど……これが説明書だ。ほら、読んでみな」


 ギャングと仲間達がテーブルに顔をよせ、ハーミスが用意した説明書を読んだ。

 目を通していくにつれて、彼らの顔が驚愕に染まってゆく。そんなリアクションを、ハーミスだけが後ろでにやにやと見つめている。

 そうして振り返った全員の顔が、やや青ざめるくらい、不思議に満ちていた。


「――いや、こんな便利な物なのか、あれは? にわかに信じられないが、君の言う通りなら聖伐隊がここから入ってくるなど……」


「まあ、不可能だろうな。正面突破はもっと無理だ、連中は地獄を見るぜ」


「これがあれば確かに、周囲の防御を固める必要はないわね。あいつらが来る方向に戦力を集中できる、むしろ相手が分散させてくれれば儲けものよ」


 遠距離攻撃、ひいては奇襲への問題は解決した。


「……ただ、肝心の人数が問題だね」


 残る問題は、エルが呟いた通り、人数差だ。


「前回の人数は分かりませんが、最低でもその十倍。相手がもし万全を期するなら更に多い数で攻めてくるかもしれません。街のギャングだけでは……」


 神妙な顔を見せるエルに対し、リヴィオは強がるように答える。


「そこは気合で補うわい。一人が百人の首を取りゃあ、問題ないじゃろ」


「根性論でどうにかなる話じゃないでしょう。押し切られるのは目に見えています」


 人型の兵器でもあれば良いのだが、今回のカタログには存在しなかった。だからこそさっき説明した兵器を購入したのだが、接近戦に持ち込まれると無力なのも事実だ。


「さっき紹介した『あれ』が守ってくれるさ。白兵戦で詰められると流石に効果はねえが……足りないならなんだって買ってやる、それでどうだ?」


 足りないと思うなら補える。そうしてやりくりし、戦うしかない。


「……分かりました。貴女を信じましょう」


「ルビーもいるから、大丈夫だよ!」


 ふんす、と鼻を鳴らすルビーの隣で、エルは肩をすくめながらも笑った。


 ◇◇◇◇◇◇


「――な、なんじゃと!?」


 その翌日、問題は大広場で、思いもよらない方向で解決することとなる。


「だから、さっき言った通りだ――俺達も、一緒に戦わせてほしい」


 なんと、通路を完全に封鎖した街の男衆達が、自分も戦士として戦うと志願してきたのだ。当然、ギャングやハーミス達の唆しなど有り得ないし、自身の意志で危険な戦場に飛び込むのだと、言ってのけたのだ。

 確かにこれなら人数問題は解決するが、ギャング達としては首を縦に触れない提案だ。なんせ、彼らを守ることこそが、ギャングの目的なのだから。


「度胸は買うが、僕達は住民を、街を守るべく戦うんだ。その君達が前に出て死んでしまえば、本末転倒じゃないか」


 ニコが申し訳なさそうにそう言うが、屈強な男達はずい、と寄って来る。


「嫁さんには許可貰ったぜ」「両親も、行って来いと言ってくれました」


「それに、ギャングに任せきりってのは俺達の性に合わねえ。自分の子供を、妻を、家族を守るのはあんた達だけじゃねえ、男の義務だ」


 広場に集まった男達――二十代から五十代まで、数え切れない漢達。

 彼らの好意を遠慮し続けても、結果は変わらない。半ば諦めた調子でリヴィオが振り向くと、ニコも、ハーミス達も同じ表情をしていた。

 だから、もう一度男達に向き直り、真摯な目で言った。


「……危ないと思ったら逃げろ。それだけは、約束してくれ」


「ああ、必ず守る。それまでに敵をぶちのめしちまうだろうがな」


 そう聞いて、リヴィオは歯を見せ、にかっと笑った。


「心強い言葉じゃのう! お前ら、武器を貸してやれ! 戦い方も教えてやるんじゃ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る