第75話 集団

 

 街の中は、外から見た要塞のような雰囲気とは違って、ロアンナの街よりもずっと賑やかな様子が広がっていた。露店、商店、家屋、家族。街並みに必要なものは必要以上に揃っていて、下手に人間が統治する国や都市よりも活気づいているだろう。

 ただ、やはりと言うべきか、誰もに髪の色と同じ色の、獣の耳と尻尾が付いている。付いていない自分達が妙な視線に晒されるのは仕方ない。

 加えて爪は長く、靴を履かずにサンダルを履いている者が殆どだが、それ以外は人間と大差ない。その差が、人間と獣人を分けているのでもあるが。


「……それにしても、皆耳と尻尾が付いてるのね」


「はい、獣人街ですから! 皆さんは獣人街についてご存じですか?」


 獣の頭を撫でるカナディの問いに、一行は首を横に振った。


「んー、あんまりあたしは知らないわね。ハーミスみたいな田舎者と魔物コンビも多分知らな痛だだだ、ふひー、やひぇなひゃあいっ!」


 余計な一言、二言が多いクレアには、例の如くルビーからのお仕置きだ。今回は竜の力で頬を抓られていて、ルビーはむすっとした表情で叱りつける。


「おしおきだよ、がおーっ!」


 そんな光景も暫く前に見慣れたのか、モルディは微笑みながら言った。


「分かりました、では私とカナディで簡単に説明させていただきますね!」


 どこかへ続く長く広い大通りを歩きながら、獣人達の行きかいを眺めながら、ハーミス達はモルディとカナディの獣人街講座に耳を傾けることにした。


「ここは三百年以上前から、獣人だけが住まう街です。通貨は人間が作ったウルが流通していますが、流通ルートやその他諸々を含めて、人間が使える施設はありません」


「亜人が時折身を寄せる時はありますが、お祭りや定例行事も含めて、独自の文化が強く根付いていますので、あまり定住しようとはしないみたいですね」


「独自の文化ってと、家の赤い壁もそうか?」


「はい、赤煉瓦の街並みは獣人街特有のものです!」


 服装などから文化は感じられない――つまりは人間とそう変わらないが、赤煉瓦の街並みや余所者に対する目つきから、ここに住もうとは思わないだろう。

 エルフの口利きで辛うじてハーミス達がここにいられるだけで、もしモルディ達が先に到着していなければどんな処遇を受けていたか。そもそも獣人街に入られないし、無理に入ればとんでもない目に遭っていたに違いない。


「外の外壁もよね。噂じゃ、昔の戦争で使われたとか……」


「はい、過去に戦争で砦として使われています! これまでは名残として存在するだけだった外壁ですが、聖伐隊が侵略してきてから、役目を持つようになりましたね」


 やはり、と一同は納得した。

 といっても、それだけの要素であの聖伐隊を追い返せるものだろうか。他にも対外勢力を寄せ付けない強い力があるのではないかとハーミスが思っていると、てくてくと歩くカナディが、その答えを教えてくれた。


「何よりこの街最大の特徴は、『ギャング』です!」


「『ギャング』……?」


 ギャング。

 クレアは驚いた顔を見せたが、残りの面々はきょとんとしている。そこに、モルディが付け加えるように説明をした。


「大規模な暴力団です、東国の『ヤクザ』、大陸西部の『マフィア』と同じです!」


「この街は必要最低限の行政機関を除き、代わりにギャングが街を支配しています! さっきの門番も、ギャングの一員ですよ!」


 さっと、エルの顔が青ざめた。ハーミスも、流石にダメだと直感した。クレアはとっくの昔に、とんでもないところに足を踏み入れたと絶望した顔色になっていた。

 これまで聖伐隊が襲ってきた里や地域を見たが、どれも抵抗勢力がただの住人だった。

 しかし、この獣人街は違う。暴力団ならハーミスも分かる。犯罪組織と呼んでも差し支えない連中が支配しているのだ、聖伐隊も攻撃には苦労しただろう。


「おいおいおいおい、そんなやべえ連中が支配してるって、大丈夫なのか!?」


「問題ありません、聖伐隊を退けたのも彼らですし、治安は安泰です! ただ……」


「ただ?」


 ハーミスが問い返すと、モルディが少し心配した調子で口を開いた。


「近頃、複雑な事情があるらしくて、ギャング同士のトラブルがあるようです」


 天真爛漫なルビーを除いた三人が、こう思った。

 だろうな、と。


「どんな事情か聞きたかったのですが、余所者には教えられないの一点張りで……すみません、ハーミスさん達のお力になれず……」


 しょげ返るカナディ達を慰めるように、クレアとエルが二人の肩を叩き、頭を撫でた。


「い、いやいや、十分よ、ねえ?」


「そうですね、十分です」


 事情など聞いてしまえば、嫌でもトラブルに巻き込まれてしまいそうな気がしてならなかった。だからこそ、二人は知らぬが仏、を貫くことをこの瞬間決めた。


(全くもって安泰じゃねえだろ、それ……)


 戸惑いと恐れを含んだ六人の前に、目的地が近づきつつあった。

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