第16話 不穏


「……ごめんな、ルビー。人間の身勝手で、こんな目に……」


「貴方のせいじゃない。貴方は、ルビーを助けてくれたから」


 じっと見つめてそう言ってくれたルビーの言葉が、ハーミスにはありがたかった。同時に、今になってもまだ、自分の名前を伝えていないのを思い出した。


「……そうか。今更だけど、俺はハーミス。ハーミス・タナー・プライム。んで、こっちがクレア。村人じゃねえけど、協力してくれてる」


「よろしく。得である限りは手を貸すわ、村の外の奴が信用できないなら別だけど」


 斜に構えたクレアの言い方にも、ルビーは首を横に振った。


「ううん、ハーミスが信用するなら、信用する。村の人でも信用できない人はたくさんいるもの……あの、ユーゴーっていう、金髪の子の仲間は特に」


 瞬間、ハーミスは頭に雷が落ちたような気分になった。


「ユーゴー!? ユーゴーって、金髪の、ガタイのいい男か!?」


「ちょ、どうしたのよ急に!?」


 思わず叫んだハーミスは覚えている。なんせ、あの『選ばれし者達』の一人だ。

 そして、自分を蹴落として殺した奴のうちの一人だ。天啓を受けなかったハーミスを散々こき下ろした男が、生まれ故郷を滅ぼしに来たのか。聖伐隊の幹部と聞いて、嫌な予感はしていたが、もしかすると幹部は村の出身者で構成されているのかもしれない。


「……そうだよ、『選ばれし者達』だって、村長さんが言ってた。村長さんはドラゴンのことを教えなかったけど、村の出身でも構わずに皆を殺したって……」


「だろうな、ローラに言われれば俺を殺すくらいだからな」


 ハーミスはさらりと言ったが、真っ当な神経を持っているクレアからすれば、狂信者の行いに他ならないようで、突っ込まざるを得なかった。


「待って待って、つまり聖女はジュエイル村の出身者で、『選ばれし者達』も同じで、なのにドラゴンを見つけて殺すって為だけに、生まれ故郷の人間を殺したっての!? イカれてるわよ、そいつ!」


 クレアの評価は正しい。どう考えても正気の行いではないが、聖伐隊では、或いはローラの前では称賛される行いだ。ならばユーゴーは、きっとやってのける。


「イカれてるさ、聖女諸共な。とにかく、ユーゴーがここに来る前に、村長と打ち合わせた通り、ルビーを村に連れて行く。それから、ここを捨てて逃げるんだ」


 不安げに、ルビーが首を傾げる。


「逃げるって、どこに……?」


「さあな。けど、俺はバイクも持ってるし、ドラゴンが飛ぶ速度に合わせて走れる。安住の地を見つけられるまでは、ついていくつもりだぜ」


 ルビーには、バイクが何かはさっぱりだった。しかし、三年前に自分を助けに来てくれた人が、今また自分を救ってくれるというのなら、信じない理由はなかった。


「……分かった。ルビー、ハーミスが一緒なら、村に行く」


 彼女が決意した様子で頷くと、ハーミスは微笑んだ。


「決まりだな」


 ただ、納得いかないらしい少女も、いるようで。


「決まってないわよ! 聖伐隊の幹部で、『選ばれし者』が来るって分かってて、しかもいつ来るかは分からないんでしょ!? それで村に戻るって、自殺行為よ!」


 ぎゃあぎゃあと怒鳴るクレアからすれば、村に戻らずに逃げるのが最適解だ。

 村長には、無事を伝える為に村で落ち合うよう相談したが、クレア一人でこの作戦を行っていたならば、きっとこそこそと逃げていただろう。

 尤も、今は違う。入り口にいるハーミスとルビーに、そんなつもりはない。


「じゃあ、ここでお別れだ。聖伐隊と鉢合わせないようにな。行くぞ、ルビー」


 頷くルビーを連れて、ハーミスはさっさと洞窟を出て行ってしまった。残されたのは、口を尖らせて、入り口より奥で複雑な顔をしているクレアだけ。

 もやもやした顔で、頭をわしゃわしゃと掻いて。


「…………わ、分かったわよ、ついてくから待ちなさいよーっ!」


 とうとう諦めた調子で、クレアはハーミス達の後を追いかけて行った。


 ◇◇◇◇◇◇


 一方、ジュエイル村では村長と僅かな村人が、村長の家に集まっていた。


「……荷物はこれで全部じゃの。あとはハーミス達が戻って来れば……」


 残った村人達はありったけの荷物を集め、家の真ん中に置いて囲っていた。村を捨ててどこに行けばいいかはともかく、当面生活できる資材と資金は必要だ。


「でも村長、大丈夫なのか? ハーミスが聖伐隊にやられたかも……」


 村人がそう言うと、村長は首を横に振った。


「問題ない。ハーミスは若者の中で、一番思慮深く、優しい子じゃった。天啓を与えられずとも、覚悟を決めた時には一番強い」


 彼は見抜いていた。ハーミスの優しさと、そこから齎される強さを。


「洞窟まではそう遠くない。じきに戻ってくるじゃろうて」


 ジュエイル村の皆は、ハーミスの帰りを待つ道を選んだ。

 純白の騎士甲冑に身を包んだ金髪の男と、百人を下らない聖伐隊の隊員達が、予定を早めて、ジュエイル村の門に今まさに到着したと知らなければ。

 そうしない方が正解だと知っていれば、村を捨てて去る選択肢を選んだだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る