第14話 隠匿
森を抜けて暫く歩くと、そこに洞窟があった。
周囲を蔦に覆われ、洞窟というよりは遺跡のようである。しかも、入り口は辺りの石と同じような色で、しかも硬いと分かる円形の岩で蓋をされていた。
まるで、何かを封印しているようだ。二人とも、僅かだが蓋を眺めていた。
「……こんなところに、本当にドラゴンがいるわけ?」
「俺も半信半疑だよ。子供の頃は、ここに立ち寄るなって言われてた。言いつけを破った時もあったけど、あるのは塞がれた、さびれた洞窟だけだからな」
「今と同じ、ってわけね。村長さんが教えてくれた開け方で、さっさとやっちゃって」
クレアに言われるがまま、ハーミスは洞窟の端の地面を、弓で掘る。しなりが良いのにとても硬い素材でできた弓は、土を掘るのにも適している。ちなみに彼が背負っている矢筒は、自動的に、かつ無限に矢が生成されるという、世にも不思議な矢筒である。
そんな驚きのアイテムで土を掘ると、大きな木の楔が出てきた。
「あった、あった。この木をここに嵌めこんで……よっこい、せっ!」
それを取り出したハーミスは、蓋の下に突っ込むと、ぐっと押し込んだ。
すると、丸い蓋がゴロゴロと動き、洞窟への入り口が開かれた。原理は不明だが、結構な力を入れたハーミスは肩で息をしながら、クレアの隣に立った。
「ドラゴンなら片手で開けられるもんも、俺達人間ならこうでもしねえとダメだってわけだ。そりゃあ、そんなのが村を守ってると知れば、魔物も寄って来ねえだろうな」
「それを処刑する聖伐隊のヤバさも、相対的に上がるわよ」
「とにかく、そいつらに見つかる前にドラゴンを逃がすぞ。お邪魔しま――……」
善は急げ、と陽の差し込んだ暗闇に、ハーミスが一歩足を踏み入れたのと同時に。
「ギャアアアアアウゥッ!」
耳を劈くような雄叫びが、二人の鼓膜と洞窟中に鳴り響いた。
「な、な、なんだぁ!?」
思わず後退し、クレアはナイフを構え、ハーミスは矢を番えた。いくら敵意がこちらにないとしても、相手はドラゴンだ。有無を言わさず喰われる可能性もある。
そう思っていたのだが、陽の光がぼんやりと照らした洞窟の中にいたのは、世にも恐ろしい形相をした竜でも、洞窟を這う巨大な醜い竜でもなかった。
奥で牙をうならせているのは、一人の少女だった。
いや、浅黒い肌の、舌と爪が長い少女の外見をしている、と言った方が正しいか。
彼女は深紅の髪を、二つのお団子に結っていた。眉と瞳の色も赤く、中心に菱形の文様があり、吊り目のせいで怒っているように見える。首から下を覆う、膝元まで届いた白いぼろ切れが、衣服代わりだろう。
「……人間? どう見ても人間よ?」
「……いいや、ドラゴンだ。あの尻尾と翼を見ろ。肌にも鱗がある」
ハーミスが指差した通り、背中には一対の赤く小さな翼が、臀部には太く長い、棘の揃った尾が生えている。竜の特徴を見られた少女は、一層敵意を剥き出しにする。
どんな理屈で人間の姿に慣れるのかは不明だが、少女はとにかく叫ぶ。
「ルビーは何もしてない、ママも何もしてない! 村長さん、助けて!」
人間の言葉だ。人の姿をしているのだし、話せて当然だと思い込んでいたが、改めてこうして話されると、クレアは驚きを隠し切れなかった。
「ドラゴンは人語が話せるって、噂で聞いてたけど。本当だったんだ……」
感心もいいが余裕もないと、弓を仕舞ったハーミスは、彼女に声をかけた。
「おい、落ち着いてくれ。俺達は村長に頼まれてここに来たんだ、お前を逃がす為に」
出来るだけ優しい声をかけたつもりだが、ドラゴンは聞く耳を持たない。
「よくもママを殺したな、人間! 貴方達も信じない、近づいたら丸焦げにするぞ!」
大きく開いた口から、炎が少しだけ噴き出た。
「話が通じる様子じゃないわよ、ハーミス。退いた方が良い感じじゃない?」
「いや、ここで逃げたら意味がない。いいか、俺はジュエイル村の出身だ。村長のことも知ってる。その村長が、ここから連れ出してくれって言ったんだよ」
「嘘をつくな! ルビーは貴方なんて、空の上から一度も見たことない!」
「そりゃあそうだ、三年間も谷底にいたんだからな。あの時だって、ドラゴンを助けてローラに殺されたんだし、俺は一応ドラゴンの味方……」
ふと、ハーミスの頭に、ある記憶が過った。
殺された自分を見ていないのは当然だと思った。だが、本当は違う。ハーミスが最期に見た光景は、ローラのどす黒い笑顔と、彼女が狙っていた赤いドラゴン。
まさか、もしかすると。ハーミスは警戒を緩めないドラゴンに、静かに聞いた。
「……なあ、昔、村の子供に襲われなかったか? 金髪の子に?」
ドラゴンの怒りにしか染まっていなかった顔に、微かな変化が生まれた。
「…………何で、知ってるの? 村長とルビーと、ママだけの秘密を?」
「その時、誰かに助けられなかったか? や、助けたってほどじゃねえが、誰かが割り込んだおかげで、そいつの攻撃から逃げきれたはずだ」
ハーミスとドラゴンにしか分からない会話を聞くクレアの顔には、疑問しかない。
「ハーミス、何言ってんの? 何の話をしてるの?」
彼女の問いを無視して、ドラゴンは考え込む。
自分はあの時、金髪の少女に襲われた。あわや死を覚悟した時に、男の子が気を逸らした。彼は魔法に撃たれたが、自分はどうにか逃げ出せた。
申し訳ないと思った。ジュエイル村の人がこんなことをするとも思えなかった。
だが、何よりも覚えているのは、我が身を呈して自分を守ってくれた、あの少年の顔。
「……ルビー、覚えてるよ。男の子がルビーを助けてくれた……まさか」
ドラゴンの中で、ハーミスの中で、一つの糸が繋がった。
「俺だよ。それは俺だ――お前が無事に逃げきれて、よかったよ」
三年前、ドラゴン――ルビーを救ったのは、ハーミスだ。彼はそのせいで死んでしまったが、ルビーは自分を救ってくれた恩人の顔と、眼前の少年の顔が重なるのを感じた。
そんな相手が、怖くて恐ろしい人間ではない人が、やっと迎えに来てくれた。
「……見たことある。ルビーの代わりに死んだ人だ、ルビーを守ってくれた人!」
警戒心を解いたルビーは、たまらずハーミスにしがみついた。
「おわっと! よしよし、分かってくれたなら嬉し痛だだだ! 重い、重いって!」
安心した様子のハーミスだったが、ルビーの重さに負け、苦しそうに倒れ込んだ。
補足だが、幼ドラゴンの重量は人間の五倍から十倍。
圧し潰されそうなハーミスは、クレアの呆れた表情の下でもがいていた。
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