第10話 襲来
「『聖伐隊』?」
「うむ。連中については、わしも聞きかじったくらいじゃがな」
話しながら、ハーミスは家の扉を開けた。
三年間も使っていなかったからか、すっかり埃っぽく、薄暗い様子だった。蜘蛛の巣も様々なところに張っていて、まともに掃除をすれば一日はかかるだろう。
ただ、彼はもう村に住む気はなかったので、掃除は必要ない。懐かしむように彼は小さな箪笥の上を指でなぞりながら、クレアからも聞いた『聖伐隊』について、耳を傾けた。
「ローラ達は村を出て間もなく、軍事国家レギンリオルで人々を救う聖女として、魔物と戦い兵士を守る英雄として、将軍への進言すら可能となるほどの地位を手に入れたらしい。そこで、レギンリオルと協力して手に入れた施設軍隊……それが、『聖伐隊』」
軍事国家レギンリオルなら、ハーミスも耳にしたことはある。確か、大陸の方々に喧嘩を売っては戦争を起こしている、大陸最大規模の国だ。
「奴らは魔物の大量殺戮を行っとる。魔物を殺す為であればあらゆる行為を正当化し、世間じゃあ魔物を討伐する正義の味方じゃが、わしらにはそうではなかった」
傍から聞けば素晴らしい組織の闇をこれから聞くのだと思いながら、ハーミスがぼんやりと家の中を眺めていると、村長が言った。
「話すのはいいんじゃが、家に何か用事があったんではないかの?」
「ん、ああ。俺から聞いておいて悪いんだけど、話を聞きながら、家の中の金を集めてってもいいかな。これから必要になるんだ」
「うむ、構わんよ」
ハーミスは村長と話を続けつつ、箪笥の裏やテーブルの脚の裏などに挟んだ小さな麻袋を取り出し、中身を確認していった。
それらは全て、ハーミスの『へそくり』だ。いざという時に備えてあったお金で、通販で物を買うのが必須となるならば、かき集めれば十万ウルにはなるそれらが必要となる。
色んなところから袋を取り出し、中身を集めて、紙幣をポケットに突っ込んでゆく。
「……その聖伐隊ってのが、どうして村に来たんだ」
「子供のお主らには話しておらんかったが、ここが魔物から守られておるのは、森の奥の洞窟に住んでいるドラゴンのおかげじゃ。彼女がずっと、村を見守っておった」
ベッドの下を漁っていたハーミスは、顔を上げて村長をまじまじと見た。
「ドラゴン!? そんな話、俺は一度だって聞いたこと……」
「知っておるのは、村の中でもごく一部の者のみじゃ。洞窟に誰も入れんように蓋をしておるのも、それが理由よ。特に彼女の娘が、ローラに襲われたと聞いてからは……」
「娘!? ドラゴンの娘って、もしかして赤くてちっさいやつじゃないのか!?」
今度は村長が、右手に一万ウル紙幣を握るハーミスを見つめた。欠けたパズルのピースが見つかったときのような、そんな顔をしていた。
「……信じたくはなかったが、やはりガーネットの言い分はまことじゃったか。ローラがドラゴンを殺そうとし、ハーミスが庇ったと。彼女の話を聞いて、ローラ達には村の秘密をひた隠しにしておったが、どうやら正しかったようじゃの」
ドラゴンという個体の話をするならば、ハーミスは知っている。
巨大な翼を有する蜥蜴。長い尾を持ち、火を吐く。鱗の色は様々だが、名前に由来する場合が多い。知能は高く、人語を解するものもいる。基本的には他の魔物や同族、人間とは群れずに生きるらしいが、こんなところに例外があるとは。
「確かドラゴンってと、人語を話せるんだったな。そのドラゴンは……」
ハーミスの問いに、村長は今度こそ視線を下に向け、悔しそうに呟いた。
「――処刑された。つい二か月ほど前に、どこからか情報を手に入れた聖伐隊によって……抵抗した村人の殆どと共に、首を斬り落とされ、晒された」
村長の、ハーミスの瞼の裏にすら、恐ろしい光景が浮かぶ。彼はドラゴン――ガーネットという名の竜がどんな姿か知らなかったが、きっと守護してきた者が虐殺される様を見ていられなかったのだろう。
「そんな、滅茶苦茶じゃねえか」
「聖伐隊の異様な雰囲気を見て抵抗したわしらを、奴らは躊躇なく殺した。皆殺しになる寸前で、ドラゴン……ガーネットは、自ら首を差し出した……金は集まったかの?」
「あ、うん。ごめんな、心配かけて。でも、そんなヤバい連中が来てもまた、誰かが生き残ってるのには安心したよ……皆が暗い顔してるのは、それが原因なんだろ?」
ポケットの中に、何十枚もの紙幣――合計十万ウルの『へそくり』をポケットに乱雑に詰め込んだハーミスは、何気なしに聞いた。恐ろしい悪夢は、もう終わったのだろうと。
しかし、村長は首を横に振った。
「……いいや、まだ終わっとらんのじゃ。昨日――」
どうしてまだ、悪夢が終わっていないのかを村長が説明しようとした時だった。
「――村長、村長はいるか! 昨日の約束通り、ドラゴンの娘を貰いに来たぞ!」
村の広場の方から、人が集まる音と、威嚇するような怒鳴り声が響いてきた。
何かの襲来を察したハーミスと村長は、家から飛び出し、坂道の下にある広場を見ると、そこには怯えた様子で固まる村人と、それを囲む武装した人々がいた。
白い制服、白い剣と盾。騎士のような様相を目の当たりにして、ハーミスは聞いた。
「村長、あいつらが……」
因縁の敵を睨みながら、村長は頷いた。
「そうじゃ、聖伐隊じゃ。魔物を狩ると銘打ち世界を滅ぼす、狂気の集団じゃ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます