第7話 少女
「それにしても見た? 逃げてく時のあいつらの顔、なっさけなかったわよねーっ! 一昨日来やがれってんだ、バーカ! べろべろベーだ!」
(とことん調子に乗るタイプだな、こいつ)
げらげらと笑う少女は、ハーミスよりも幼く見えた。
背はハーミスより低く、髪型は茶色のショートカット。頭頂部にはしきりに動くアホ毛がある。眉は茶色で太く、瞳の色も茶色で、大きく丸い。トランジスタグラマーと呼ぶべきか、体格に反して胸部と尻が随分と大きい。
黒いパーカーと赤いミニスカート、中にスパッツ、黒いサンダルを着用している。茶色の巨大な背嚢を背負い、ナイフを収納した太腿のホルスターが時折見え隠れする。首にかけた大きなゴーグルはレンズが割れていて、きっと装飾用だろう。
見てくれは美人、口を開けばひどい様。
そんな少女が、山賊が逃げて行った方向に中指を立てながら、酔っ払いのような顔で笑い散らかすのを冷たい目でハーミスが見ていると、右腕の筒から妙な音がした。
「ん? 何だ、この音? さっき言ってた、警告音ってやつか?」
何かが振動するような音。次いで、筒の中から無機質な声が聞こえてきた。
『警告、警告。エネルギー切れです。使い捨て機能に則り、回収されます』
どこに回収されるのか。ハーミスが問うよりも先に、筒を腕に固定していたベルトがひとりでに外れた。そして、炎も消えたのに、ふわふわと宙に浮いたのだ。
驚くハーミスを無視するかのように宙を舞う、四本の筒。どこに行くのかと眺めていると、なんとそれらは、いつの間にかハーミスの頭の上にある、ぽっかりと開いた真っ黒な穴の中に吸い込まれていった。
「お、おい! どこに飛んでくんだよ!?」
慌てて振り向いたハーミスが筒を掴もうとしたが、遅かった。穴は筒を全て呑み込んでしまうと、彼の上空から、空気に溶け込むように消え去ってしまった。
(飛んでったってよりは、吸い込まれた……使い捨てって言ってたし、商品の中には一回こっきりしか使えないのもあるのかも。買う時は、気を付けねえとな)
ぼんやりと彼が虚空を眺めていると、少女に、後ろから声をかけられた。
「あんた、何それ? スキルっぽいけど、珍しいもん持ってるわね」
「あー、まあ、そんなとこだ。俺はハーミス・タナー……えっと、プライム。君は?」
「クレア。クレア・メリルダーク。遅れたけど、助けてくれてありがとね。あんたが来なかったら、あたしみたいな巨乳美少女は今頃慰み者になっちゃってたわよ」
クレアとやらの言う通り、彼女は確かに美少女と呼ぶに相応しい。あんな酷い様を見せられていなければ、きっと振り向いたハーミスもそう思っていただろう。
くねくねと何かをアピールするクレアの行動を無視し、ハーミスは問いかけた。
「どうして襲われてたんだ、こんなとこで?」
すると、クレアは急に体をうねらせるのをやめた。そして、明らかに自分が悪いことをやっていると自覚しているような表情で、明後日の方向を見ながら答えた。
「……あいつらが辺りでぼさっとしてたから、財布をくすねたのよ。あたし、職業が盗賊だから……そしたら連中、マジになって追いかけてきてさ! 財布の中には八百ウルしか入ってないのに、あんなに怒らなくてもいいよね!?」
「完全にお前が悪いじゃねえか」
「ぐ、ぐぬぬ……!」
反論できず、口を尖らせるだけのクレアだが、ハーミスからすればまだ幸運だ。
「まあ、魔物が多いこの辺りまで逃げてきて、山賊に捕まる前に魔物に喰われなかったのはラッキーだったな。あいつらも、魔物の棲み処まで追いかけてくるのは間抜けだろ」
ジュエイル村の住人ならいざ知らず、余所者が来れば魔物の餌食だ。
当然のように警告してやったハーミスだったが、クレアはぽかんとして、言った。
「……魔物? 何言ってんの、ここら一帯、魔物なんてもういないわよ」
魔物がいない。谷だけでなく、この一帯。
「……は?」
信じられないといった調子で目を見開く彼を見るクレアの顔は、疑いだとか、おかしさだとか、そういったものを全て含めた顔だ。隠遁者を見るような、そんな顔だ。
「しかも魔物の棲み処って、いつの話をしてんのよ。この辺りどころか、谷を越えた先の森まで、もう魔物は一匹もいないってのが常識でしょ」
クレアはさも当然のように言い放つが、ハーミスからすれば異常だ。
彼の生まれ故郷であるジュエイル村は、魔物と共生関係にある。共に暮らすとまではいかず、魔物の多い区域ではあるが、そのおかげで人間は誰の被害も出さなかった。また、傷ついた魔物を治す場合もあったのだ。
それが、谷、森はおろか、ずっと先まで魔物がいないなんて、有り得ない。
「ど、どういうことだよ!? ここは魔物との共生が何年も続いているんだ、そんなはずないだろ! ジュエイル村の皆だって、魔物を殺すはずが……」
「はぁ? あんた、何年も洞窟かどっかにでも籠ってたの?」
ふん、と鼻を鳴らしたクレアは、世の常識であるかのように告げた。
「少し前に、ここを守護するドラゴン諸共、『聖伐隊』が魔物を駆除したわよ。そんでもってもう、人間がのさばる地域よ。有名でしょ、この話は」
ハーミスは、自分が三年間眠っていた事実を、少しずつ信じ始めた。
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