神の与えし快感
「コトリ、なに考えてるの?」
「今回の一件やけど、なんかスッキリせんとこがあって」
「それは、作者が悪いと思うわ」
今回はマドカさんが主役みたいなもんやから、あんな形でも救われたからエエと言えばエエと思うけど、
「政略結婚のコマとして息子を娘にしたやんか」
「そうよ、大成功してるじゃない」
そやねん。どの娘も実家の円城寺家のために、まるで働き蜂のようにメリットを運び込んでいるのは調査結果でも明らかやねんよ。そのうえやで、どこも夫婦円満というか、嫁に行った家でも評価は高いんよ。
「娘にされた息子って、マドカさんのように心は男のはずやんか。そんな娘がそこまで働くはずないやん。これをやで、マドカさんのように性転換指向を全員が持っていたとするのは無理あり過ぎるやろ」
「そうよね。花嫁だから花婿に体を開かなきゃならないけど、生理的嫌悪感しか持たないはずだし」
そしたらユッキーが考え込んでもた。えらい長い時間考えた末に、
「ゲシュティンアンナの本質はサディストだと見れば説明できる」
「ムチやローソクの世界か?」
「それもないとは言えないけど・・・」
サディズムの基本は相手を虐待することによって性的興奮を覚えるところにあるぐらいでエエやろ。コトリも女奴隷時代に日課のように叩かれたけど、あの中にサド野郎はいたかもしれへんな。
「サディズムは相手を虐待することだけど、単に肉体的苦痛を楽しむだけでなく、精神的苦痛を楽しむのもだいたいはセットよ」
「精神的苦痛って、相手が絶対に受け入れられない条件、たとえば『奴隷になれ』とかを無理やり受け入れさせるってヤツか」
「それに近いと思うし、ある種の洗脳でもイイと思う」
奴隷に施されたのは絶対服従やった。主人の命令がどんなに理不尽であっても、あるがままに受け入れるようにムチでひたすら叩き込まれるぐらいでエエかもしれん。自分の自主的な意志の強制放棄とも言える。
「奴隷は制度上の必要でそれが行われるけど、ゲシュティンアンナの場合はあくまでも性嗜好の趣味として行われたと見るべきよ」
「趣味?」
「三文エロ小説の類型に好きな女を監禁し調教して、自分好みに作り替えるってあるじゃない」
「シオリちゃんが坂元にやられたケースみたいなもんやな」
坂元の責めはなかなかのものやったみたいで、あのシオリちゃんが殆ど屈してたぐらいやもんな。
「シオリちゃんのケースがわかりやすいと思うわ。ああいう趣味がエスカレートしたらどうなると思う?」
「仕事やったら屈しやすい相手の方がラクやけど、趣味なら逆とか」
「それで良いと思う。その手のサドの楽しみは直接の虐待によるものと、相手の心が屈するまでの過程にあるで良いはずなの。とにかく趣味だから過程をより長く楽しめる相手を探し求めるはずよ」
うん、うん、うん、まさか、まさか、
「探し求めた末にたどり着いたのが・・・」
「そうよ、男の心を持つ女でイイんじゃない」
たしかに一番屈しにくいかもしれへん。女だって嫌いな男に屈するのに抵抗するけど、男が男に屈するのはなおさらでエエと思う。
「ユッキー、まさか、実の親子やで」
「でも、そうでないと説明がつかないのよ」
なんか寒イボ立ってきた。
「ほんじゃあ、ゲシュティンアンナは『男の心の女』である上に、さらに相手が実の父親の条件まで加えてたってことか」
「これに『さらに』があると思う。娘にされたのは思春期に入ってからじゃないかしら」
そこまで・・・でもありうるか。男の心が強固で屈しにくいほど、サディストにとって美味しいもんな。下手すりゃ女と経験させた上に娘にしたかもしれん。そこまでガチガチの男の心を屈服させる手法となれば、
「やっぱり神の与えし快感か」
「コトリは経験したんでしょ」
男神の中には女に強烈な快感を与えることが出来る連中がおるんや。クソエロ魔王もそうやったけど、コトリが知ってるのなら、あのデイオルタス。あいつも強烈やった。コトリは何千年もの経験者やし、女神やから渡りあえて楽しめたけど、タダの人なら耐えられへんと思うわ。
耐えられへんというのは、あそこまでの快感になると破滅的なもんになるんよ。他で喩えると薬物中毒みたいなもん。薬物中毒はクスリによる快楽を断ちきれへん状態やけど、神に与えられる快感はそれ以上の依存性を生じさせるぐらいかな。言うまでもないけど禁断症状も強烈や。
しかもやで、コトリは女の快感を素直に楽しんだけど、男の心で女の快感やで。想像もつかん世界や。これも当たり前やけど最初はレイプや、そりゃ心は男やし、相手は実の父親。処女のレイプなんて普通は感じる訳がないけど、神はいきなりエクスタシーの狂乱に持って行けるんや。ラーラでさえクソエロ魔王にガタガタにされてたし。
「ゲシュティンアンナは趣味と実益を両立させてたと思うの」
趣味とはより強い男の心を持つ女を屈服させるサド行為。神の快感を与えられ続けたら、どれだけ心で抵抗しても先に体がアウトになるんよ。時間の問題で依存症から中毒になり禁断症状が現れることになる。
「心も女になって溺れてまうんやろか」
「なってないというか、そうさせなかったはず」
ユッキーが言うには、体に女の快感を叩きこむ一方で、自分が男である意識をギッチリ刻み込んでいたはずだって。その方が少しでも屈しにくくなって、サディストはより楽しめるからとしてた。
「男の心のままで女の快感に溺れさせたってこと?」
「そうだけど、微妙に違うと見てる」
サディストは生贄の苦痛を楽しむもの。もちろん体は女の快感に溺れさせるけど、これを生贄に素直に喜ばせず、快感自体を苦痛にしたんだろうって。男に体を開くことは、これ以上は無い生き恥とされ、感じてイキ姿を男に晒すことは羞恥の極みぐらいに刻み込まれるでエエと思う。
一番エゲツナイと思ったのは、女の快感自体は体が中毒になるぐらい気持ちイイんだけど、男としてそれを感じるのは罪悪感・背徳感をテンコモリ抱かせただろうって。ゲシュティンアンナが目指したゴールは、
『男として決して望んではならない快感を、自分の意志に反して積極的に望みまくる状態』
時間は無制限みたいなものやし、手間と時間がかかるのもサディストにとっては楽しみでしかないもんな。
「そこまで抵抗条件そろえたら、そりゃ死ぬ気で頑張るやろうけど」
「そう、それも中毒をより重くするためのエッセンス。最後の瞬間は必ず来るわ」
最後の瞬間・・・これは罪悪感、背徳感、さらに耐え難い生き恥として決して求めてはならないと延々と心に刻み込まれた女の快感を、
『おねだり』
ここまで堕ちたら、サディストは仕上げにかかんるんやろ。ここまではレイプで無理強引に快感を与え続けたけど、ここからは生贄が積極的に自分から望むまで与えなくなるんやと思う。おねだりの様子が少しでも気に入らなかったら、
『お預け』
そうやって抵抗する気力を根こそぎ砕くまでやられ続けるぐらいかな。
「子どもを産ませなかったのは中毒症状の治療期間を与えないためでエエやろか?」
「それもあるかもしれないけど、技術的に難度が高すぎるから、ゲシュティンアンナには出来なかったか、省略したんじゃないかしら」
いずれにしても、そこまで手をかける必要性がなかったぐらいかもしれんな。
「それが実益と、どう関係するんや?」
「怖いぐらい活かされ切ってるよ」
ユッキーが言うには、ここまで娘にされた息子に仕込まれたことが、すべて政略結婚に活かされるって言うんや。さすがのコトリも聞きながら耳を塞ぎたくなったわ。
「嫁に行って最初の難関は初夜なのよ。時代的にも家柄的にも処女として扱われるはずだからね。性器の外見ぐらいは処女膜も含めて未使用状態にするのは技術的に可能じゃない。問題は処女の反応を見せること」
男が処女との初夜に期待するのは、恥しさと怖さに打ち震えながらも、懸命になって体を開きなんとか男を受け入れること。これは娘になった息子が、二人目の男に泣く泣く体を開く生き恥感覚で演出できるって言うのよね。たしかに言われてみればそうだけど、そこまで利用されてしまうのかと思うと涙が出そうやった。
「それとね、神と人では与えられる快感の桁が違うのよ」
神は相手がいかに生理的嫌悪感を持っていようが、それを根こそぎ吹き飛ばすような快感を与えることができるけど、人の与える快感では、とくに初夜では嫌悪感でほぼ帳消しになるだろうってさ。これで初夜の演出は完璧になるっていわれてもだけど。
「その後の夫婦生活は」
「そりゃ、可愛い奥様になるしかないじゃない」
初夜の後に旦那が望むのは嫁が段々に感じていくことだって。それも恥じらいながら徐々に反応して行くぐらいかな。嫁入り前に体は中毒になるまで開発され切ってるんやが、女の快感を求めるのはタブー意識をタップリと植えつけられてるんよね。その一方で禁断症状への抵抗力は徹底的に破壊されてるんや。
禁断症状はすぐに襲いかかって来るから、求められたらどんなに心で抵抗しようとも、体を開かざるを得なくなるんよ。この恥辱にまみれた反応が、旦那には嫁が恥じらいながら求めていると受け取れるんやと。たしかにそう見えそうや。
次のステップにもすぐに駆け上るわな。禁断症状は男に体を開いただけじゃ解消せず、イク必要があるんよ。ほいでも旦那は人やから、神より与えられる刺激はグンと少ないんよね。そうなると必死になって集中し、努力に努力を重ねて自分を追い込むしかないやん。これを旦那は処女だった嫁をかなり感じさせてると喜ぶわけや。
待望の快感が訪れても嫁の心にはイッた事による罪悪感・背徳感が湧きあがり、さらにイキ姿を晒す羞恥の極み感で一杯になるんよね。これも旦那から見ると、ついにイッた事による恥じらいに見えるんや。この反応は死ぬまで変わらんけど、そういう恥じらいを見せる女を男は好むんよね。
そこまで恥辱にまみれて得た快感も神からのものに較べると弱いし、たった一回じゃ、禁断症状をほんの少し和らげる程度にしかならへんのや。そやから少しでも強い快感を少しでも多く得るために努力を羞恥にまみれながら重ねんとあかんのよ。
さらに神だけやなく旦那にも『おねだり』をせんとならん状態になるんよね。これだって、初めて女の喜びを知った嫁の照れ恥じらいながらの反応に見えるんやろな。
なんか想像しながら寒気がするんやけど、とにかく旦那に嫌われたらあかんのよ。いや、気に入られて可愛がってもらわなあかんのよ。だから可愛い奥様を演じるしかないやんか。旦那が喜ぶこと望むことなら、なんだって進んでやる可愛い女に。
「旦那によってはかなりの趣味のヤツもいるやろ」
「あれだけいれば、たぶんね」
軽いサド傾向を持った男もいるし、逆にマゾ傾向のもおる。もし要求されたら満たすしかないもんな。サドマゾだけやなく、他の変態趣味があっても同様。スワップや乱交趣味にあたれば・・・当たってないことを祈っとこう。
さらなる縛りもかけられてるって言うんよ。旦那から与えられる快感だけじゃ、禁断症状は解消しきれないはずだって。一時的にでもスッキリ解消させるためには、神が与える快感が必要になるはずだから、
「嫁に行っても、定期的に満たしてやってたんやろな」
「そのはずよ。そのために嫁に行った娘たちは、必死になってゲシュティンアンナが望むものを貢いでいたんだよ」
ゲンナリもエエとこやけど、
「廃人や色情狂にもなれないのよね」
中毒も薬物ならいずれ廃人になるし、女なら男を漁りまくる色情狂になるってのもあるけど、神の与える快感での中毒は廃人にはならへんし、男に対する拒否感は強烈に残ってるから、三人目の男に自分から生き恥晒してまで体を開くなんて考えられへんってところかな。だから倉麿や敏雄時代の政略結婚は大成功したんだろうけど。
「ちょっと怖い想像をしてるのよ」
「まだあるんかいな」
「倉麿の愛人の調査だけど、コトリがいくら頑張ってもわかんないところが多いじゃない」
そうやねん、倉麿どころか敏雄にも愛人がおるはずやねんけど、ハッキリせえへん部分が多いんや。
「それはいくらんなんでもやろ」
「でもそう考えれば辻褄が合うじゃない」
「倉麿は自分の娘に子を産ませてた・・・」
ユッキーは倉麿の生殖期間の長さから孫娘にも産ませてた可能性があると見てるわ。
「だって、そういうシチュエーションの方がサディストに取っては楽しめる訳じゃない。ついでに娘にも中毒効果が出るからだろうから、それなりに縛り付けれるじゃない」
「そりゃ。そうだけど」
子を産んだ娘も実家への忠誠心は強いんよね。
「ひょっとして久麿が、倉麿が死ぬまで子を作らなかったのも」
「先妻が不妊症だったかもしれないけど、下手に子どもが出来ると倉麿の毒牙にかかると考えてたかもしれない」
「もうウンザリやな。久麿はそんな家庭の中で育ったんやろな」
サディストは生贄の肉体的苦痛と精神的苦痛を楽しむもんやけど、ゲシュティンアンナのは酷過ぎるわ。いきなり男から女にさせられるだけでも強烈やけど、女の楽しみを苦痛にしてしまってるのが強烈すぎる。
だってやで、これが男の心のままで女の快感に溺れるだけやったら、どこかで割り切れる可能性があるやんか。それこそ、少しでも同性愛要素があれば、それが助長されてホモになって楽しめるかもしれへんやん。
それがやで、望むことは罪悪と刻み込まれ、男に快感を求めることは恥辱まみれの行為と叩き込まれてるやんか。それやのに中毒にさせられ、心の拒否する抵抗力を破壊されてしもてるのよ。
精神的苦痛だけしっかり味あわせられながら、望んではならない快感を、一番拒否したい相手に与えてもらうように懇願し続けなきゃならんのよ。そうして苦痛の果てに得た快感さえも、得るたびに精神的苦痛に苛なまされるんよ。
嫁にされるのも苦痛そのものやけど、ここでの本当の苦痛は人である旦那では与えられる刺激が弱すぎる点やと思う。神相手なら体さえ開けば狂乱のエクスタシーを与えられるけど、人相手なら、自分に必要な快感を得るのに努力に努力を重ねざるを得なくなるんよ。そりゃ、物凄い苦痛やで。
トドメの苦痛は、そこまで旦那相手に努力を重ねても決して満足できないこと。そのために憎んでもあきたらないゲシュティンアンナに『おねだり』せんとアカンこと。それもやで、おねだりの代償をたっぷり要求されて貢がされるんや。この調達も苦痛や。ホンマどこまで行っても救いのない話で胸糞悪いわ。
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