一つの解決
「マドカさん、あなたのことは調べさせてもらったわ。あなたがそうなってしまったのは神の責任だし、ましてやシオリの愛弟子だからなんとかしてあげたいの」
「なんの話ですか」
「言いたくないでしょうが、あんたの心は男よ」
どうしてそれを。
「辛かったでしょうね、苦しかったでしょうね・・・」
慈愛に満ちた小山社長の顔を見て、もう話しても良い気になり、思い切ってカミング・アウトしました。
「よく言えたわ。ただね、女神でも出来ない事はたくさんあるのよ」
「たとえば」
「あなたを完全な男にするのは無理」
やっぱり、
「だからこれから提案するのは次善の方法になるわ。つまり何かに妥協しないといけないの。どれを選ぶかはマドカさんの判断よ」
妥協って・・・
「まず一つ目は性転換手術。もちろんメスを入れたりしない。女神の力は外見を変えるのは容易なのよ。性器まで含めて見た目を完全な男にはできる」
「これのデメリットは」
「ペニスの勃起は保証できないかな。とにかくやった事がないからね、それと勃起しても生殖能力はないわ。もう一つ、こういう変貌は程度の問題があって、ある程度までは元に戻せるんだけど、男性に作り替えてしまうと元には戻せないわ」
要するに性転換手術を女神の力でやってくれるってことね。これ以外にあるのかしら、
「次は解決法とも言えない代物。そのままでいるってやり方」
「それでは・・・」
「これも不十分だと思うけど、性欲の解消の相手をしてあげる」
「まさか小山社長はレズビアン」
「好きなのは男だけど、少しだけその気があるから、わたしで良ければ相手する」
そしたら月夜野副社長が、
「マドカさん。言うとくけどユッキーだけやからな」
さらに麻吹先生も、
「マドカ、わたしもイヤだからな。ついでにアカネにも手を出すな」
小山社長を抱けるのは魅力的な提案だけど、小山社長は女が女を愛するレズビアンとしてマドカを見てるし、マドカは男が女を愛する気持ちで小山社長を見てる。どっかすれ違っている気がする。これなら性転換手術方式がまだマシの気がする。
「他にはないのですか」
「最後のが、実はお勧めなんだけど、たぶん一番抵抗がある気がする」
ここで月夜野副社長が、
「ユッキーは前に医者やっとってんよ。その最後の百日ぐらいの時に神の能力が目覚めたんや。その時には心の治療まで出来たんや」
「そこまで大げさなものじゃないけど、いじけきった心を少し素直にしたり、被害妄想で凝り固まってる心をちょっと解きほぐしたり程度だけど」
「ユッキーは最後の百日の間に、その力を惜しみなく周囲に振りまいて生身の聖観世音菩薩とまで言われたんや。そりゃ、凄かったみたいで、今でも立派なお堂にユッキーの姿を刻んだ観音菩薩像が祀られてる」
それがマドカにどういう関係が、
「そうやって心の治療を施した患者のうちにマドカさんのような性同一障害者がおってんよ」
「まさか心の性転換が出来るとか」
そんなことが、
「心の性転換は大げさよ。正直なところでいうと、マドカさんの心を騙しているだけ」
「ある種の催眠術ですか」
「マドカさんが知ってる範囲ならそのイメージに近いけど、だいぶ違うよ」
でもマドカの心はあくまでも男。この心だけは変えられない。これが変わるともうマドカじゃないわ。
「まあこれはいつでも元に戻せるから、一度試してみたらどうかと思ってるの」
「いえ、マドカはあくまでも・・・」
「論より証拠や、体験してみ」
「そうよね。いつでも言ってね、戻すのは簡単だから」
アッと思う間もなく、マドカの心に何かが起っています。
「どう」
「なんか変な感じです」
「そりゃそうよ、女の子になったんだから。しばらくそれで過ごしてごらん。結論はそれからよ」
この日は麻吹先生と一緒に帰ったのですが、どうにも変な感じです。どこがどう具体的に変なのかわかりませんが、マドカのどこかが変わっています。翌日は休日だったのですが、服を選ぶ時からどうも変です。
「今日はスカートにしようかな」
仕事場での基本はTシャツにジーパンです。休日もだいたいそんな感じで、もうちょっと改まった時には、仕方なくスカートを履いていました。そうなんです、今までは嫌で嫌で仕方がなかったのですが、女の子ならそれが普通の知識で履いていたのです、それが、自分の意志で履きたいと思うなんて、変過ぎます。街に出て目につくものの感想も、
「あれ可愛いじゃない」
「あれイイな」
「これ欲しい」
そういうものを女なら可愛いと思い、欲しいと言わないといけない、持ってなければ変に思われるの知識で買っていたものが、自然に欲しくなります。これが心の性転換なのでしょうか。
翌日は仕事だったのですが、仕事の能力は変わっていないようです。それは良かったのですが、こんな声がヒソヒソと聞こえます。
「ツバサ先生は抜群に綺麗だけど、相手するのは大変だろうな。サトル先生を尊敬するわ」
「じゃあ、アカネ先生」
「そりゃ、アカネ先生もツバサ先生に負けないぐらい魅力的やけど、キャラがね」
「言える言える。ツバサ先生と違った意味で相手するのが大変そう」
「だったら、やっぱりマドカさん」
「なんでも出来るスーパーお嬢様みたいなものじゃない。お相手する男が羨ましいよ」
そうやって噂話のタネにされるのは良くあるのですが、一度もそれで嬉しいと思った事はありませんでした。でも今は聞くとなにか無性に嬉しく感じてしまいます。そして何気なく思った事に衝撃を受けてしまったのです。
『そろそろ男も欲しいな』
そうなのです。マドカがごく自然に男を欲しがっているのです。二週間ほどしてから麻吹先生に呼ばれ、
「マドカ、どうだ、少しは慣れたか」
「ええ、なんとか」
「おもしろいもんだろ」
「おもしろいというか、自分の気持ちが信じられない思いです」
「もうちょっと使ってみな」
変化はさらに進んでる気もします。マドカも化粧はしますが、これまでは女としてやらねばならいないでしたが、化粧品売り場が楽しくてなりません。美容院だってそうです。どんな髪型にするか一生懸命考えてる自分がいます。
もうアカネ先生を見ても普通の同性の人にしか見えません。恋愛感情の『れ』の字も湧いて来ません。それと注意深く、それまで出来たことで出来なくなってることを探しましたが、とくに変化はないとしか言いようがありません。ただ紛れもなくマドカは女として考えています。それは写真に出ているようで、
「やっとマドカの写真に対する違和感がわかったぞ」
「それは、どういうことですか」
「今までのは無理やり女のフリをした女らしさだったんだ」
「無理やりですか?」
「それが今ではごく自然になってる。写真だけでいえばこっちの方がずっと良い。誤解されないように言っておくが、元に戻るなの意味じゃないからな」
写真の変化はマドカにもわかるようになってきました。たしかにこちらの方がはるかに自然です。これに較べると以前の作品は、どこかにギクシャク感があります。事情を知らないアカネ先生なんてもっとストレートで、
「マドカさん」
「どうかマドカとお呼びください」
「また新境地開いたんだね。見てビックリした。今度こそ個展が開けるよ」
なにか、このままで良い気がしています。思い込まされてるだけかもしれませんが、元に戻って違和感と葛藤するより百倍、千倍、いや万倍マシです。なにが本来の自分で、どこを本当は守らなければならいかを考えると複雑なところは多々ありますが、本来に固執するより、今の楽しさを素直に受け入れるべきでないかと。思い切って麻吹先生に、
「この状態を永久に固定することは可能ですか」
「ユッキーがいうには可能だそうだよ。でも元には戻れなくなるよ」
「もう戻る必要はないと思います」
ツバサ先生は急いで決めることはないから、一年ぐらいは女を経験してからゆっくり決めるように諭されました。
「言い方がモロで悪いが、男を経験してから決めたらどうかと考えてる」
「男をですか」
「それ以上のテストはないだろう」
男か。マドカの心が本当に女になっているのなら愛せるはず。結論はそれからでも遅くないわ。
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