写真大賞

 アカネもプロだから評価は気になるのよね。あれだけ仕事の依頼があるのだから評価は高いはずだけど、なんか形のあるものが欲しいじゃない。呼び名だってエエ加減、


『渋茶のアカネ』


 これ以外に変えて欲しい。これだってもっと名が売れれば、もっと格好の良いのに変わるはず。名を売るのに手っ取り早いのは権威あるコンクールで受賞することだけど、加納賞への応募は内規で禁止されちゃってるのよ。


 加納賞に継ぐものとしてはやっぱり写真大賞。フォトワールド誌主催のやつ。あそこは大きく分けると新人賞と大賞の二分野になってて、二十五歳までが新人賞、三十歳までが大賞の応募資格。マドカさんにどんな感じの賞か聞いてみたんだけど、


「そうですね。権威的には東の加納賞ぐらいでしょうか」

「レベルはどれぐらい?」

「どれぐらいと言われても・・・とりあえず赤坂迎賓館スタジオ時代に新人奨励賞を頂いております」


 ふむふむ、オフィス加納に入門する前のマドカさんでも取れるのなら、アカネにもチャンスはあるはず。


「応募条件は?」

「年齢とテーマに応じた応募写真」

「加納賞と似てるね」

「特徴としては、これまでの実績の評価も加味される点でしょうか」


 アカネはまだ二十二歳だから新人賞の応募資格があるじゃない。マドカさんに取れて、アカネに取れないはずがない。取れればフォトワールド誌がドカンと特集してくれるだろうし。コッソリ取って、みんなを驚かせてやろう。まあ、応募宣言して落選したら格好悪いし。しばらくしてからツバサ先生に呼び出された。


「アカネ、写真大賞の、しかも新人賞に応募したな」


 あちゃ、どこからバレたんだろ。それとも写真大賞って応募したら所属スタジオに連絡でも来るんだろうか。


「まったく、なんて事をやってくれたんだ」

「どこがですか! 応募条件を満たしてますし、内規にも反しません。ましてやアカネは専属契約です。どこも問題はないはずです」

「そんなチンケな問題じゃない」


 はて? 応募条件を満たして応募したことのどこが問題なんだろう。


「フォトワールド誌も困惑しきってしまって、わざわざ神戸まで来て相談されたんだよ」

「電話じゃなくて」

「社長が来たよ」


 なんだ、なんだ。どうしてそこまで問題になってるんだ。


「なにが問題だったのですか」

「アカネがバカだからだ」


 そんなストレートに言わなくても、


「わたしもここまでバカとは思わなかった」

「アカネはそんなバカなことをしてると思いませんが?」


 ツバサ先生は頭を抱えてしまい、


「アカネ、応募資格は完全に満たしてる」

「じゃあ、どこに問題が?」

「アカネに応募資格なんて、そもそもあるか!」


 はぁ、ツバサ先生が何言ってるか意味わかんない。


「アカネ、US・フォト・グランプリの審査員に一緒に行っただろう」


 仕事が忙しいから断ろうと思ったら、ツバサ先生に首根っこつかまれるようにして連れて行かれた。アカネはツバサ先生と違って、日本語以外、いや日本語だって時に怪しいぐらいだから、ウンザリした。


「アカネ、US・フォト・グランプリの審査員をやったのだぞ」

「やりましたが」

「日本から選ばれたのはわたしとアカネだけだ」


 そうだったんだ。なんちゅう罰ゲーム。


「だからと言って写真大賞の応募資格がどうして消えるのですか」

「審査員って何する仕事だ」

「アカネをバカにするのもエエ加減にして下さい。応募された写真を審査ばっかりさせられて、賞が当たらない役」


 ツバサ先生が大きくため息をつかれて、


「全然違う」

「どういうことですか」

「審査員に選ばれるとは、その賞を授与するクラスってことだ」

「だから賞がもらえない」


 ツバサ先生は頭をかきむしりながら、


「そうじゃない」

「じゃあ、審査員をやっても賞がもらえるんですか」

「既にその賞の対象を飛び越えてるってことだ」


 はぁ?


「さらにコンクールの審査員にも格がある」

「成ったら馬になるやつ」

「それは将棋だ。ランクだ」

「トヨタのRVのゴッツイやつ」

「それはランクル。相撲の番付みたいなものだ」


 うわぁ、こんな表情になるツバサ先生は久しぶりに見た。


「フォトワールド誌はUS・フォト・グランプリに敬意を表して、わたしもアカネもあえて審査員に呼ばなかったんだ」


 助かった。あんまりやりたくないもんね。ひたすら写真見せられて点数つけるはウンザリだもの。


「US・フォト・グランプリは世界最高峰のコンクールの一つだ。US・フォト・グランプリを横綱としたら、写真大賞は平幕か十両ぐらいの差がある。なのに応募、それも新人賞に応募が来たので、これはフォトワールド誌へのなんらかの強い抗議と受け取ったんだ」

「そりゃ、フォトワールド誌の勘違い」


 いかんツバサ先生の顔が赤くなった。


「アカネにわかりやすく言っとく。世界中のいかなるコンクールへの応募を一切禁ずる。もし破ったら・・・」

「破門とか」

「そんなもんで許されると思うか! マルチーズだ」


 うぇ~ん、写真大賞最優秀新人賞の夢が。


「アカネ、プロは仕事の評価がすべてだ」

「そうですが・・・」

「たまには依頼料を見ろ。あれ以下の仕事は全部断ってる」


 そう言えば、最近安い仕事見ないもんね。


「あれももう少し上げないと話にならん。それがアカネの評価のすべてだ。渋茶のアカネが日本だけでなく海外でもどれだけビッグ・ネームか少しは自覚しろ」


 渋茶は余計だ。とにかくわかったのは、コンクールで名を挙げるプランはマルチーズの刑が待っているのだ。でも、なんでダメなんだろ。

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