覚悟

 メカドは剣を持つ右手を呆然と見つめた。傷口が大きく開き深紅の血に青紫色の毒が混じる。そしてその色は少しずつ彼の体の中へ流れ込んでいく。




「もうすぐお前は死ぬ」




 メカドは痛みとデスの言葉にしばらく何もすることはできなかった。だが考えなくては死ぬだけだ。とりあえず止血をしなければ。メカドはジャケットの胸ポケットから止血用のゴムバンドを取り出し右腕を縛った。これでしばらくは血が止まるが、毒のほうはどうしようもない。どうやら小隊のみんなとの再会の約束は果たせそうにない。




「ふっ、こんなところで死んでしまうとは無様な小隊長さんだな」




 デスは笑みを浮かべ、毒の出る愛刀を肩に担いだ。メカドはそれを見て彼を睨みつける。




「このままでは終わらない。お前も一緒だ」


「さて、毒が回り始めた状態でどこまで持つかな。まあいいさ、毒で死ぬ前に俺が殺してやるよ!」




 メカドが覚悟を決めると、妻と息子の顔がふと浮かんできた。もうすぐ俺もそっちへ行くぞ。メカドはずっと妻と息子の仇を討つために戦ってきた。しかし本当に彼を動かしていたのは復讐心なんかじゃなく、部下や仲間への愛情だったのかもしれない。過去を生きた人々じゃなく、未来を生きる人々を守るために戦いたい。そう結論付けると剣をデスに向けて言った。




「ひとつお前に聞いておきたいことがある」


「あ? なんだ」


「何のために戦う?」




 その問いにデスは高笑いを浮かべた。




「けっ、馬鹿じゃねぇの。楽しいからに決まってるだろ! 死にそうになって苦しんでるやつを見るとゾクゾクしてくるんだよ。俺はその感覚が大好きなのさ」


「……よくわかった」


「じゃあついでに聞いといてやるよ。逆にお前はなんで戦っているんだ?」


「お前みたいなやつを、許せないからだ!」




 その瞬間、メカドは毒が回るからだを振り絞ってデスに斬りかかった。右手がしびれ自由が利かない。だが気力で剣を握る。俺はこいつを必ず斬る。目の前にいる殺人鬼を倒すことがメカドの使命となったのだ。剣と剣がぶつかり火花が散る。デスの剣からは毒液が飛び散るが、メカドはもうそんなこと気にもしない。長期戦になることはないのだから、体力を温存しておく必要はない。全力を一斬り一斬りに込めるのみ。




(こ、こいつ、さっきとはまるで力が違う)




 メカドの攻撃にデスは驚いた。今まで自分が殺した相手はこうではなかったからだ。死の恐怖に負け手元が震えたり、自ら命を絶ったりした者もいた。だがこいつは違う。剣を信じ最後まであきらめようとはしない。それどころか徐々に力が増していっている。なんだ、何がこんなにこいつを強くさせているんだ。くそ、こんなに楽しくない戦いは初めてだ。デスは自分の思う通りにメカドが振舞わないことに苛立ちを感じ始めていた。


 デスはメカドの剣を真っ向から受けるのをやめ、受け流して時間を稼ごうとした。だがメカドの一振りの力がとても強く、受け流してしまったらそのまま斬られてしまいそうだ。メカドは突きと振り落としを巧みに組み合わせてデスに襲い掛かる。レッドのように特異体質でなければ、シラスナやホージロのように特別な剣を持っているわけでもない。ただ馬鹿正直に剣と向き合いひたすら基本を極めた男だけができる戦い方を会得していた。隙が全くないその動きはデスを慌てさせた。




(いけるぞ!)




 無言で斬り合う中、メカドはデスに話しかける。




「俺みたいなしぶとい奴は初めてか?」




 デスは答えない。




「……初めてなんだな?」




 デスは無言のまま剣を振り回すが、その剣が次第に荒くなっていくのをメカドは感じていた。




「俺が怖いか?」




 ついにメカドの挑発に耐え切れなくなったデスが苛立ちながら叫んだ。




「怖くなんかねえよ。いちいちしゃべりやがって、うぜえんだよ。さっさと死ねよ!」




 怒りを前面に出したデスの表情にさっきまでの余裕はない。デスは飛び上がると剣を両手で握りしめメカドの真上から振り下ろそうとしたが、メカドもそれに気づいてジャンプした。二人が宙に浮いた形だ。そこまでの読みはよかったが、デスの方が少し早めに剣を振り下ろし、メカドに襲い掛かった。




(このままでは間に合わない!)




 咄嗟にメカドは剣を放り投げた――。


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