第16話 学校の彼は意外と鋭い
(身体が重い……)
学校の授業がやっと終わり、なんとか身体を起こして帰りの支度をする。
朝から熱っぽいとは思っていたけれど、無理して学校に来たせいで悪化したらしい。朝よりもさらに頭がぼうっとするし、上手く考えがまとまらない。さっさと帰ろうと一瞬思うが、本友達の彼との約束を思い出した。
彼とはいつも放課後に図書館で会って、本を渡す約束をしている。いや、本当に話し合って約束をしたわけではないけれど、なんとなく毎日そうするのが日課になっていた。
今日も彼は図書館に来るだろう。彼からしたら本を読みに行くついでとして私に会っているかもしれないけれど、それでも多少はこの本のことを楽しみにしていると思う。
本を渡してくる時の彼の輝いた表情を思い描く。きらきらと目を輝かせて少年みたいに楽しげに話す彼が頭に浮かんだ。あれだけ喜んでくれる人との約束を破るのは忍びない。身体は重いけれど、渡すだけなら簡単だしなんとかなるはず。それに少しだけでも彼の顔を見たかったので、図書館に向かってから帰ることにした。
いつもならそこまで遠いとは思わない道がやけに遠い。それに動いたせいか、だんだん気分が悪くなってきた。少し視界が揺れている気もする。どうにか気合だけで歩き進み、図書館へなんとか辿り着いた。
古い扉を開けて中に入ると、いつもの定席に彼が座っているのを見つける。
「お待たせしました。これ、今日の本です」
「ああ、ありがとう……?」
ゆっくりと顔を上げてこっちを向いた彼は、眉を少しだけ寄せて観察するような目を向けてくる。
「……なんですか?」
「なんか、今日のお前おかしくね?」
「……別に普通です」
鋭い指摘にドキリとする。だけど動揺を見せないように出来るだけ平然と答えた。
彼に心配されたくなかった。なんとなく自分の弱い部分を見せるのが嫌だったし、頼るようなことはしたくなかった。借りは作りたくない。そういうわけで自分的には普段通りの対応をしたつもりだったのだけど、やはりどこか体調が悪い雰囲気が出ていたらしい。
彼は私の答えに眉を顰めて、怪訝そうな顔をする。じっと私のことを見つめると、ズバリと言い当てた。
「なあ、お前、体調悪いだろ」
「え?なんで……」
「お前の様子を見れば分かるって。体調悪いなら休んでろよ」
「でも、本を渡すのを約束していたので……」
ぶっきらぼうな突き放す言い方にショックを受ける。確かに見てバレバレなほど体調が悪い人なんて、面倒だったかもしれない。心配をかけている時点で既に迷惑をかけていたのかも。
別にそのつもりはなかった。ただ彼に本を読んで欲しくてここに来ただけ。だけれど、彼にそう思われたかと思うと流石に落ち込む。体調が悪いせいで、悪い方向に想像がどんどん膨らんでいってしまう。
しゅん、と落ち込むと、そんな私に彼は慌てたように口を開いた。
「あ、いや、本はありがとな。でも、まあ、なんだ……無理はしなくていいから」
「……分かりました。じゃあ今日はこれで失礼します」
なるほど、そういうこと。どうやら私のことを心配してそう言ってくれたらしい。私の勘違いだったことが分かり、ほっと内心で安堵する。沈んだ心が少しだけ軽くなった気がした。
「大丈夫か?手を貸そうか?」
「別に平気です。いりません」
流石に手を借りるのは迷惑をかけてしまうので、遠慮させてもらう。ふらふらと少し足元がおぼつかないが、なんとか足を動かして図書館の出口に向かった。
しかし、足がもつれ転んでしまった。思わず「きゃっ」と悲鳴が出てしまう。床にへたり込むと彼が寄ってきた。
「まったく、ほら、保健室まで肩を貸すよ」
「……すみません」
少し呆れたような表情で手を差し出してきた。その手を掴み、引いてもらい立たせてもらう。
あれほど彼に迷惑をかけたくなくて断ったというのに、結局迷惑をかけてしまった。面倒とか思われていないだろうか?不安が胸を包む。
申し訳なくて正面から見れず、ちらりと上目遣いに窺うと、彼はその綺麗な瞳に真剣さを宿らせてじっと見つめてきた。
「別に気にすんな。病人を放っておくのが嫌なだけだから。……あと今度からは素直に頼ってくれ。恩を着せて変な要求とかするつもりなんてないから」
優しい労わるような声。彼がそんな人でないことは私が一番知っている。ああ、もう……ほんとうに優しいひと。心配するような優しさがじんわりと心を包む。
本当にこの人は打算じゃなくて思いやりから心配してくれる。それはとてもありがたいことだし、凄く嬉しい。でも、だから頼りたくなかった。そんな親切な人に迷惑をかけたくなかった。大事な本友達だから。
彼は肩を貸すように屈んでくれるけれど、その肩に触れられず、ただ佇む。すると不思議そうに聞いてきた。
「どうした?」
「私と一緒に移動したら目立ちますよ?」
そう、見つかればおそらく何かしらの噂が立つ可能性が高い。別に私はもう慣れているからいいけれど、彼はそうではないだろう。
元々そこまで目立つ人ではないし、そういう目立つことを避けている節がある。おそらくひっそりと過ごしたい人だと思う。だから、迷惑をかけてしまうかもしれない。そう思うと肩を借りれらなかった。
そんな私の心配など見透かしたように、はぁと一息吐いた。
「別にすぐそこだし、放っておくほうが俺の良心が痛むんでな。ほら、早くしろ」
気にしていないはずがない。それでも私に助けることを優先するなんて。きゅっ、と胸が少しだけ締め付けられた気がした。
そこまで言ってくれるなら、と思いおずおずと彼の肩に手をかけて体を預ける。彼の体に密着した途端、自分より少し高い体温がほのかに制服越しに伝わってくる。硬い筋肉の感触が変な感じだ。異性の身体に触れている。それを強く実感させられる。
ここまでくっつけば流石に意識していない異性といえども動揺する。元々異性と触れることに慣れていないのもあり、恥ずかしくて顔が熱くなる。きっと今の私は顔が真っ赤になっているだろう。
救いなのは彼は特に私の様子など気にしている素振りがないことだ。こんな顔を見られたらもうこれからどう顔を合わせていいか分からない。まあ、ただ黙々と肩を貸して歩いてくれているので、気づいていることはないと思う。
結局何も言葉を交わすことなく保健室へと運ばれた。幸い誰にもすれ違うことはなく、1番の懸念事項だったことは解消された。状況を保健の先生に話すと、ベッドを貸してもらえた。
「じゃあ、これで。お大事に」
彼はもう用済みとばかりに、スタスタと去ろうとするので、慌てて引き留める。シャツの裾をくいっと引っ張り、声をかける。
「あの……」
「なんだ?」
不思議そうに覗き込んでくる彼。さっきまでくっついていたことを思い出し、顔が熱くなる。なんとなく見ていられず、視線を彼から外してしまう。
だけれど、いつまでもそうしているわけにもいかず、意を決して彼と目を合わせた。
「……今日はありがとうございました。本当に助かりました」
「はいよ、じゃあゆっくり休んでくれ」
面倒をかけてしまったのでせめてお礼は言わないと、と思い礼を告げたのだけれど、彼はあっさりとそれだけ言って去ってしまった。
彼の裾を摘んでいた腕を布団の中にしまって、目を閉じる。暗闇に入り込むと、自然とすぐに彼の顔が思い浮かんだ。
(また助けてもらった……)
彼は何度私のことを助けてくれるんだろう。困った時に側にいてくれるなんてヒーローみたいな人。もう、ほんとうにどうやってお礼をしたらいいのかな?いつも救われてばかりだ。ただの本友達のはずなのにこんなに助けてくれるなんて。
彼のことを考えると少しそわそわするけれど心が温かくなる。それにあの心配して優しくしてくれる声は聞いていてとても落ち着く。愛想が悪いながらも助けてくれるあの感じは安心する。ほんと、不思議な人。彼に会えてよかった。ほっと息を吐くと、自然と眠りに落ちていった。
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