第4話 ④


 夏が来て、俺にとっては初めての挑戦となるオリンピック大会が始まる。

 場所は日本の裏側にある国…ブラジルのリオデジャネイロ。暑い。日本の夏よりも暑い。日差しが強い。筋肉量が多くて代謝が凄めの俺はこの暑さだと立ってるだけでも汗がだらだら出てくる。

 オリンピックの開会式を間近で見るのは、やり直し前の人生を含めても当然初めてだ。サンバダンスとかあったりと愉快な開会式だった。


 開会式から5日後、初めてのオリンピックでのレースが始まる。俺は再び世界の頂点を決める戦いに再び挑みに行く。

 このオリンピックでの200mにはそれはそれは世界トップクラスの選手が集っている。

 ジャマイカからはオリンピックと世界陸上連覇中のボルトと自己ベスト19秒70台を出しているヨハネ・ブロック。

 アメリカからは世界陸上銀メダリストのジャスミン・ガトリングと400mで国内チャンピオンのラシャン・メット。

 他にも…カナダのアンドリュー・ダグラス(同年齢だ)にフランスのクリステル・ルメーロン(白人初の100m9秒台を出した男)などもいる。

 この中の誰もがメダリスト候補に当たる選手だ。去年に続いて今回も上が沢山いる中での競技になる。決勝へ上がるだけでも超困難なことだろう。

 だが今回は…俺も上へ行かせてもらう…!

 予選。俺は5組に出場、アメリカのガトリングも同じ組にいた。

 予選だろうと手を抜くことはしない。日本選手権の決勝と同じ気持ちとペース、つまり全力を出して走った。

 結果はあのガトリングを押さえての1着(20秒09)となった。予選とはいえメダリストに勝ったというのは大きな自信となった。あの才能無しで成長見込みが皆無だった俺が、世界トップのスプリンターに勝つとか、夢気分だ。

 日本選手で準決勝へ進んだのは俺1人だった。共に出場した飯井塚と深瀬は、2人とも自己記録を出せずに予選落ちした。2人とも俺に決勝へ進めと激励してくれた。


 「「決勝へ。そしてメダルを獲ってくれ」」


 その言葉だけで凄く勇気と活力が漲ってきた。元の人生では俺はこの人たちのただのファンに過ぎなかったから、凄く気持ちがハイになった。

 翌日の準決勝。俺は1組に出場。この組にはアメリカのメット、フランスのルメーロンもいた。他にもジャマイカやイギリスのファイナリストレベルの選手もいて、全く気が抜けない。緊張もしてきた。

 選手紹介の時に自分の頬をピシャンと張って緊張を解く。これ絶対テレビに映ってるだろうな。仕方ねーだろ。今回はマジでメダル狙ってるんだから。

 そして号砲とともにスタート。カーブが終わっても外レーンにはまだメットとルメーロンの背があった。直線50mまでトップスピードを維持。そこから徐々に減速していく。

 ここで力を入れてしまっては却ってさらに減速を促してしまう。脚を自由にさせる。今出せるスピードを出すだけでいい。それ以上絞らなくていい。俺がやるべきなのは足を止めないことそれだけだ。後は体が、脚が勝手にゴールへ行ってくれるから。

 ラスト20mでルメーロンと並ぶ、そのまま揃ってゴールする。僅かなルメーロンが前に出ていた。1着はメットが確保していたから俺は組3着。準決勝は3組あって、決勝進出条件は組上位2着に加え、全体の記録上位2名ということになる。

 電光掲示板には俺の名前が2人の下に入っていたから、3着となる。

 俺が決勝に進むには残りの組の結果次第となるが、俺は確信していた。勝ち進むのは俺だと。

 俺が介入しているとはいえこのルートが大きく変わることはない。残りの組の結果も、俺が見てきた結果と同じのはずだ。

 2組の結果を見た俺は確信した、大丈夫だと。かつて見た結果と今回のそれは全く同じものだった。決勝進出のボーダータイムは20秒09だ。

 そして俺の準決勝での記録は……20秒05だ。タイム運に救われた俺は何とか世界一を決める決勝レースへの進出を決めた。

 オリンピックで短距離種目で決勝進出を決めたのは、2010年代では俺が初めてのこと。欧米国やヨーロッパ諸国、南国の強豪選手がメダルを占拠しているこの時代の中で日本人がファイナリストになるというのは、ある意味歴史的快挙となった。

 翌日、美人な女子アナや、元マラソン選手の高橋尚美たかはしなおみなどの美女たちに話しかけられてモチベとテンションを爆上げさせながら俺は決戦の地へと赴く。

 この決勝レースでいちばん意識しているのはやっぱり……ユサイン・ボルトだ。

 彼が世界一を決める大会で200mを走るのは、実はこのリオオリンピックがラストになる。翌年の世界陸上では個人種目は100mにしか出場しない。きっとこのルートでもそれは同じだ。 

 つまり今日このレースでしか、ボルトに挑むチャンスはもう無い。俺にとって今日が人生でいちばん重みがあるレースとなる。

 ボルトはこの時はまだ自分は来年で引退するとは公表していなかったが、恐らくこの時から彼は200時はこれでラストにしようと考えていたのだろう。

 これがボルトへの最後の挑戦となる。メダルも狙っているがそれ以上にボルトと並んで走る……俺の今回の目標はそこにあった。


 選手コールの時に、ボルトが俺を見るとどこか嬉しそうな顔をして、英語で「お互い最高の走りを」と言って自分の世界へ入った。

 ボルトも今の俺の年齢くらいにはオリンピックや世界陸上のファイナリストになっていたから、今の俺をかつての自分を重ねていたのだろうか。

 悪いけど、あんたが見ている俺は本当はただのアマチュアランナーで、本来ならこんなところにいられるようなレベルの人間じゃねーんだよ。チートでここまで上ってきたズルい人間なのさ。

 けど、俺のわがままの為だ。悪いけど付き合ってもらうぜ…!

 夜の時間になって気温がマシになってきた頃、200mのファイナリストたちが競技場に入っていく。2レーンに立ってブロックを合わせる。選手紹介が終わってスタートの号令に合わせてスタート態勢に入る。

 号砲と同時に飛び出す。スタートはこれ以上ない満点の飛び出し。50m程で6レーンを走るボルトの背を捉えた。

 俺は焦ってしまった。本来より速くトップスピードを出してしまった。だから150m地点にさしかかったところでものすごく脚が重くなった。ボルトにグングン離されて、カナダのダグラスに抜かれて、フランスのルメーロンとイギリスの選手も前に出て行く。

 気持ちにだけ力を精一杯入れて、無理やり加速させる。そしてゴール手前で二人に並んでゴール。

 金メダルはボルト、銀メダルはダグラス。銅メダルは俺か他二人の誰かだ。歴史が変わるか否か…。

 そして電光掲示板には、俺の名前をルメーロンとイギリスの選手の下に映し出していた。

 結果は5位。20秒12。銅メダルを獲ったルメーロンとは1000分の9秒差だった。ほんの数ミリ足りなかった。メダルまたあとミリ単位のところまで迫って、あえなく撃沈。

 途中自発的にアドレナリンを分泌して無理やり加速させてまでしても敗けた。完全な敗北だ。しかたあるまい。この俺がここまで来ただけでも上出来だった!

 優勝したボルトがウイニングランをしてゴール地点に戻るまでの間、俺はゴール地点に居残って彼の姿を、拍手しながら見ていた。間近で彼の姿を見られるのはもしかしたらこれが最後かもしれないから。200mで戦うのは、もうないかもしれないから…。


 その後の4継リレーには、俺は辞退した。せざるを得なかった。

 決勝レースでアドレナリンを無理やり分泌させて体を酷使した反動により、しばらくまともに走ることができないとのことで、リレーメンバーは俺が過ごしてきた歴史通りの四人(谷懸→飯井塚→柳生→ゲンビレッジ)となった。

 リレーに出られないことは別に気に病んではいない。協調性に欠けて社交性も全然無い俺が出るよりも、彼らだけで出る方が勝率高い。個が強いだけじゃあリレーで天下は取れない。それは北京オリンピックの時から知られていること。

 要するに、リレーにおいては俺が出る余地は一切無いということだ。

 俺はリレーに出られなくていい。個人成績でそれなりの成績と爪痕を残せればそれで満足だ。リレーに俺は必要無い。その歴史だけには俺はなるべく介入しないようにする。

 俺抜きの日本チームはそれでも強い、凄く強い。見事銀メダルを今回も獲ってくれた。歴史に残る神レースだった。

 世界規模だとまだ天下を獲れないレベルだか、少なくとも日本内ではついに俺の時代が来た。今後の競技人生が更に面白くなりそうだ。とことん楽しみながらこの大学生活をやり直してやろう!

 

 夏が終わり9月も終わりを迎えるこの時期。

 元の人生では、この時にとあるしょうもない事件が起こって、それがきっかけで母親と不和を起こした。そこから大学卒業して出て行くまでずっと親とは会話しなかったという。

 もっとも、俺が一方的に拒絶して、気持ちだけ縁を切ったという。何とも精神年齢が低い態度なものだが、あの時の俺はそうすることしか出来なかった。

 あ、悪いけどその事件の詳細は省くからな?めんどいし、しょうもないことだから。

 で…今回もまたあのクソイベントを起こすのはめんどいし疲れるから、避けるとしようか。

 解決方法……諸悪の根源であるあのクソ子犬を消す。それで全部解決だ。

 やり直す前の大学生だった自分じゃあ飼い犬を殺すのはかなり高難度ミッションだったであろう。

 しかし今の俺は…過去であるこの時代のあらゆる事象は全て見通せるチートを持ち、金も一人で使い切るには一生を費やしてもまだ余るだけある。

 これらを利用すれば、飼い犬一匹殺すくらい何の苦労もしない。


 9月30日…例のクソ近所の奴がクソ子犬を散歩に連れて玄関から出る。

 その時間帯がいつなのかについての答えをとっくに知っていた俺は、奴らが玄関から出る前に外出して指定の場所へ移動してスタンバイする。

 30分後に例のクソ近所とその飼い犬が現れる。俺は数週間前に大金をはたいて購入したサイレンサー付きの銃を構えて、一切の躊躇も迷いも無く引鉄ひきがねを正確に引いて……


 パシュ…!「ギャン!?」


 あの憎くて憎くてしょうがなかったクソ子犬を暗殺してやった!

 クソ飼い主が死んだ子犬に必死に呼びかけている姿を冷めた目で見ながらその場から離れて悠々と帰宅した。

 バレない証拠隠滅の答えを出してその通りの手順で後処理をして、ミッション完了。

 これで日頃俺にだけ鬱陶しく吠えてくるクソ子犬は永遠にいなくなり、親とも今後いつも通りにやり取りできる。これで丸く収まった! 

 やりたかった人生の修正点、ここもしっかりと回収してクリアしてやった。

 たかが子犬に吠えられたくらいでとか、普通のつまらないモブ人間どもはそう思うんだろうけど。俺にとっては殺したくなるくらいに不愉快だったんだ。畜生の分際で人間様にうるさく吠えやがる。あれを害獣と呼ばずして何と呼ぶのだろうか?絶滅すればええねん犬とか。あんなキモい動物。死ねマジで。

 日本一になって世界大会のファイナリストにまで上りつめたスポーツ選手が、まさか子犬を射殺しているなんて誰も想像できねーだろうな。悪いな、俺の知人たちやセフレたち、ファンの皆。俺はこういう奴なんだ…。


 そういうわけで、大学3年生のこの人生ルートもしっかり俺好みに修正してやった。

 大学生活残り1年…ここもしっかり修正してやる!

 

 

 

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